冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
それからすぐにしたことは、ブライトン社への根回しだった。
ブライトンの専務とは、以前一緒に仕事をした関係でよくしてもらっていた。すぐに専務のプライベートの携帯に電話をして、“少々“脚色して事の顛末を説明した(脅迫したとも言う)。
ブライトンの常務と部長の坂田が懇意にしているのはわかっていた。麻子をあの場に駆り出した坂田の魂胆も。
坂田は未だに前時代的な仕事の仕方をする悪い癖がある。女子社員を接待の場のコンパニオンか何かと勘違いしている。
自分のしたことがうまくいかなかった怒りの矛先を、麻子に向けさせてはいけない。
こちらを苦々しく睨みつけてくる坂田に、怒りの矛先をこちらにできたと、心の中でホッとする。
感情的になったのは確かだ。私情が入り込んだのは、否定できない。
自分の意に反して、麻子を恋人にしてしまった。
「いつでも手放す覚悟をしておくこと」を自分に念じた。深く愛し過ぎて、いつか判断を間違えないように。
プロジェクトのメンバー人選、現地出向社員の選定も佳境に入っていた。
いくら麻子を推したいと思っていても、その能力と適性がなければ選べない。誰にでも納得できる説明ができなければ、周囲から不満も出るし、何より本人にとっていいことはない。その最終的な判断をしていた。
やはり、
タイミング的にも能力的にも麻子が最適だ――。
その結論は変わらなかった。あとは、本人にその意向があるかどうか。二人で食事をした時に、『海外への出向希望は出してあるのか』とそれとなく麻子に聞いてみた。
「はい。もちろん入社の時に希望は出しています」
憧れだけれど、選ばれるのが大変なのだと麻子は笑った。
希望を出してあるのなら、よかった――。
そう思う片隅で、別の感情が込み上げそうになって慌てる。
するべきことは、麻子に徹底的に仕事を教え込むことだ。自分にとって不都合になりそうな感情をすぐに掻き消す。
その感情が何なのか、その時はまだわからなかった。