冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
それから間もなくして、プロジェクトメンバーが発表された。いよいよ、社を挙げてのプロジェクトが始動する。
それと同時に、インドネシアのIL社への派遣候補が予定通り麻子に決まった。
部長の坂田も営業本部長も、異論なしの決定だった。
「IL社との大筋の契約が終わった時点で辞令を出す。現地での生活の基盤も整える時間はもちろん、ある程度インドネシア語の習得も必要になるだろう」
「中野は、英語は堪能ですが、インドネシア語はまだこれからです。スケジュール的には厳しいですが、できる限り準備の時間をいただけたらと思います」
営業本部長の言葉にそう返す。
いつインドネシアに赴任してもいいように、麻子の補佐に丸山をつけた。業務を共有させることで、引き継ぎを楽にするためだ。
麻子の補佐に丸山をつけたことから、以前にも増して、丸山の麻子に対する好意がわかりやすくなった。本人が気づいていないのが、また、こちらをヤキモキとさせる。
いっそのこと麻子に告げて、警戒させようかなどと大人げないことを考えたりもした。当然、そんなことはしなかったが。
けれど、麻子の誕生日だと知った日だけは、平静を装い切ることはできなかった。
恋人である自分より先に他の男に祝われた事実。他の男と二人きりになっていた事実。そのどれもが心をざわつかせてどこか苛立たせた。
帰宅して、キッチンにいた麻子をその場で攻め立てる。
誰にも見せることのない顔を見たくて、抱き潰したくなる。ドロドロに抱いて、甘く喘がせたい。そんな衝動に突き動かされる。
どうしたって、いつかこの腕からいなくなるのに、こんなにも独占欲に溺れて。気持ちを制御しようとしていた最初の頃の自分が聞いて呆れる。
この先、インドネシアに送り出す。それまでの限られた時間でしかないとわかっていたはずだ。
それまで、社内の誰にもこの関係を知られずに無事に乗り切ること。二人でいられる間に、麻子に教えられることは全て教え込むこと。この先、どこで働いても通用する一流の商社マンにすること。
そのことを忘れるなと、もう一人の自分が必死に咎める。