冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「……すみません。余計に中野さんの立場を悪くする行為でした」
丸山が、ぼそぼそと申し訳なさそうに詫びて来た。
「私のことはいいけど、社内で意味もなく敵を作る必要はないから。丸山君は、その辺もっとクールにできる人でしょ」
「そうだったはず、なんですけどね。中野さんが絡むと、できなくなるみたいで」
「……」
「俺のために、わざとあんな風に怒ってくれたんですよね。中野さん、そういうとこ、ホント優しい」
そんな、漏れ出るような笑みを浮かべないでほしい。
日に日に、その感情を隠さなくなってきているような気がして困る。
職場では仕事、そして、プライベートでは引越しの作業に追われていた。
ただでさえ残業続きで。部屋の片付けや諸々の手続きに使える時間は限られている。かなりタイトなスケジュールの中、するべきことは山のようにあった。
結局、このアパートを引っ越すことになった。ちょうどよかったのかもしれない。
インドネシアから帰国するときは、別の部屋を探せばいいのだ。
伯父さんたちに、連絡だけはしておかないとな――。
こちらから連絡を取らなければならないかと思うと気が滅入る。でも、何も言わずにインドネシアに行くわけにもいかない。
直前でもいいか……。
スマホを握りしめながらため息を吐いていると、手のひらの中のスマホが振動した。それはまさに、伯父の治郎からの着信だった。反射的にスマホから視線を逸らそうとしてしまう。緊急の用件かもしれない。そう思えば、出ないわけにもいかない。
「もしもし――」
(結愛は今、どこで何をしてるんだ?)
何の前置きもなく、怒鳴り声が耳に飛び込んで来た。
「最近は全く連絡を取っていないので、私は知りませんが」
(こっちも連絡がつかないんだ。電話をかけても取らない。一体どうなってる)
こっちだって知らない。九条が金を渡して部屋から追い出してから、会っていないのだ。
(東京で頼れるのは麻子しかいないはずなのに、おまえにも頼れないなんて。どれだけ冷たい態度を取ったんだ? 一人で心細い目に遭っているんじゃ……)
ここの部屋の鍵は、九条の言う通りに変えてある。
もしかしたら、ここを訪ねて来たりしたのだろうか?
(もし結愛に何かあったら。ただじゃおかねーからな!)
一方的に捲し立て、一方的にその電話は切られた。