冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
結愛は一体、今、どこにいるのだろうか。音信がなかったから、また適当な男でも見つけて一緒に暮らしているのだと思っていた。
自分の親にも連絡していないというのはどういうことだろう。
嫌な予感がして、落ち着かない。
それから数日後、週の半ば。プロジェクトメンバーと九条とで経済産業省での打ち合わせを終えて、オフィスにちょうど戻って来たところだった。大企業らしく、オフィスビルの受付フロアは多くの来訪者や社員が行き交う。
「なんとか国の方とも折り合いがついて良かったですね。さすが課長です。絶対に相手にノーと言わせないですもんね」
「融通の効かない組織ですが、それに付き合う義理はないですからね」
山田と九条が会話をしている。麻子は集団の一番後ろを歩いていた。他のメンバーもそれぞれに会話を交わしていた時だ。
「麻子ちゃんだ!」
え――?
ここで聞こえるはずのない声がして、息が止まる。咄嗟にエントランスを見回した。
「本人戻って来たみたいなんで。大丈夫です。ありがとうございましたー」
受付にそう告げて、結愛がこちらへと歩いて来る。
どうして、結愛が?
「麻子」
伯父まで――。
結愛の隣に、治郎が眉を釣り上げて立っている。そのことに動揺して、大事なことに気付けないでいた。
「麻子ちゃん。アパートに入れないから、ここに来るしかなかったの。ごめんね――」
「中野さん、知り合い?」
隣にいた坂口の声を、結愛の甲高い声がかき消す。
「あれ? どうして、ここに麻子ちゃんのカレシさんもいるの? あー、そうか! 麻子ちゃんの課長さんだったね」
ここには九条もいること。
そして、結愛は九条を知っていること。
「結愛――」
「……え、どういうこと? え?」
どうすることも出来ない間に、周りにいたプロジェクトメンバーの視線が一斉に向けられた。
「課長と、中野……?」
全身から血の気が引いて行く。
何か弁解を。一刻も早く否定を――。
このままでは、課長に迷惑をかけてしまう……!
「麻子ちゃんはいいなぁ。会社でもカレシさんと一緒で楽しそう。羨ましいな」
立ち竦む麻子の目の前に立ち、悪魔のように微笑んだ。