冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
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久しぶりの日本の空気を無意識のうちに深く吸い込む。
何度か仕事で帰国したことはあっても、それはすべて一日、二日ほどの滞在で、この三年間のほとんどの時間をインドネシアで過ごした。
三年――。
長かったようで、終わってみればやっぱり短かったのかもしれない。
インドネシアでの日々は、とにかくがむしゃらで夢中だった。日本の本社とは全然違う。人員も最低限。その上、現地の人がほとんどだ。働き方も文化も何もかもが違う人と、慣れない場所で生活しながらの仕事。最初の三ヶ月は、もはやどうやって過ごしていたのか記憶がない。
現地の人に認められなければ、仕事tにならない。寝ている時以外、仕事のことを考えた。仕事のことだけを考えた。何があっても、この仕事をきっちりやり遂げるため。
あの人の元で作り上げたプロジェクトを、絶対に成功させるため――。
余計なことを考えないように、ただそれだけを考えた。
三年の任期を終え、本社に戻る。日本に戻ることが怖くないと言ったら嘘になる。そう。ここには、九条がいる。
この三年、九条には一度も会っていない。麻子がインドネシアに赴任してすぐ、九条は別部署へと異動になっていた。プロジェクトの実行が現地へと移れば、本社での仕事は管理部へと任される。九条は、また社の新たなプロジェクトのため異動となったのも不思議では無かった。
『九条さん、結局、副社長の娘とはどうにもなっていないよ』
時おり連絡を取っていた美琴が、そんなことを言っていた。そして、『まだ、一人だよ』と、帰国前にも余計な情報をくれていた。
誰かに合わせて暮らすのは苦手だと言っていた。結婚はしないつもりなのかもしれない――。
そう思って、胸の奥の奥が、ほんのわずかに軋んだ。
本社に戻れば、九条と顔を合わせるのも時間の問題だろう。思わず、手にしていたスーツケースの引き手を強く握りしめる。
ちゃんと、成長した姿を見せられるだろうか。
恥ずかしくない自分を見せられるだろうか。
三年という月日を経て来たというのに、日本に戻って来た途端にあっという間に九条といた頃の自分が蘇る。それが苦しさを連れてくる。
どうして苦しさなんて伴わなければならないのかわからない。
ただ、成長した自分を見せればいいだけ――。
そう、自分に言い聞かせた。