冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「――いいだろう。特に、ここのデータを比較させるのはいい。相手に印象づけることができる」
翌日の朝、九条に提出した資料は、合格点をもらえたようだ。
「あ、ありがとうございます!」
九条が納得したということだ。心の奥底から嬉しくなって、思わず勢いよく頭を下げてしまった。
「これで仕上げて、10部準備して」
「はい」
嬉しい。これまで仕事をして来て、こんなに嬉しいと思えたことはあっただろうか。
「では、失礼します」
今度は落ち着いて頭を下げ、九条に背を向けた。
「――ご苦労様」
背後から掛けられた言葉に、飛び上がらんばかりの自分を抑えるのに必死だ。
昨日、遅くまで粘った甲斐があった――!
寝不足でメイクのりは最悪でも、気分は最高だ。
夕方近くなった頃、営業本部長室に入った。
エネルギー部門の部長の坂田、九条、そして麻子の3人だ。
どうしたって緊張する。
九条と坂田が話している後ろを、関係資料を手についていく。自分が説明するわけでもないのに、ただ同行するだけでこの緊張だ。
「失礼します」
営業本部長室に入る。広い部屋に応接セットがあり、営業本部長を前に坂田と九条が並んで座った。麻子はソファの後ろに控えた。
「この度の事業について、私の方から説明させていただきます」
九条の言葉に、真正面にいる営業本部長が麻子が作成した資料をめくる。自分の作ったものをこうして目の前で見られるという状況に、さらに緊張が込み上げて来た。
「天然ガスの供給について、いかに優位な立場を築き安定させるかが、世界どこの国を見ても最重要課題です――」
九条の説明は決して難解な言葉を駆使したようなものではない。それなのに、必要なことを簡潔に的確に言葉にする。
九条の発する言葉を聞き逃さないよう、脳をフル回転させた。
「――課の提案は分かった。ただ、今この時点で、その事業を行う必要性は? もう少し様子を見てもいいのでは?」
「いえ、それは違います」
九条が即答した。
「判断の少しの遅れが、いずれ大きく響いて来る。各国が凌ぎを削っている状況で、二番手では意味がありません。ここで作った足がかりを元に大規模事業を有利に進められる。将来的に数千億の利益の差になります」
本部長が頷く。
迷いなく断言する――それが与える相手への安心感は計り知れない。
感情的でもなく淡々たした物言いが、それをさらに完璧にする。
「常に、二歩、三歩先を見ていく必要があります。そのために必要不可欠な事業です」
「……分かった。君たちの提案を常務にあげることにしよう」
本部長がふっと表情を崩して、そう言った。
「ありがとうございます」
坂田と九条が二人で頭を下げる。麻子も後ろで頭を下げた。