冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「それにしても、優秀な人材がいて、坂田君も楽して結果を残せるなぁ」
本部長が坂田に笑いかける。
「仰る通りで。九条君にはたくさんもうけさせてもらいますよ。我が部、いや社内一のエースですから」
「恐縮です」
相変わらずの抑揚のない声で九条が答えた。
「この資料も、大変いい出来だ。他の部にも参考にさせようかと思うくらいだ」
「そちらは、控えております中野が作成したものです」
九条が後ろにいる麻子に視線を寄せる。
「データの比較のさせ方など、本人なりの工夫が見られます。たかが資料でも、どの案件にとっても最初に触れるもの。相手に与える印象はバカにはできません。それをよく理解してくれています」
課長……。
分かりやすい労いや褒め言葉をくれる人ではない。なのに、この場で言葉にしてくれた。
「中野さんか。君は、入社何年目だ?」
「は、はい、5年目になります」
本部長に問いかけられて無意識のうちに背筋を伸ばした。
「それなら、九条君は出向に行っていた頃だな。あの若さで、あの出向先での業務を完璧にこなせたのは九条君くらいだろう。中野さんもせっかく九条君の下にいるんだ。できるだけたくさんのことを吸収しなさい。名前を覚えておこう。期待してるよ」
「ありがとうございます……っ!」
感情のままに深く頭を下げる。
「――二人ともご苦労だった。本部長のオーケーが出たから次は役員説明だ。引き続きよろしく頼むよ」
営業本部長室を出ると、坂田が九条と麻子に視線を向けた。
「承知致しました」
九条と共に部長を見送る。