冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
少し甘い姿を見せてくれても、そこは冷徹上司。それは、夜だけのものなのだと思い知る。
「――詰めが甘い。君は“戦略的“という言葉を知らないのか?」
月曜日。九条が海外出張で留守にしていた間の業務報告をしたら、第一声がそれだった。
上から見下ろされるのも恐怖だが、下から睨み上げられるのも相当の威圧感だ。とにかくその目が恐ろしい。まだ頭ごなしに怒鳴られる方がいい。その冷たい目が、無能だと言われているみたいで心を抉る。
「融資条件を緩和できるか探れと言った。いい条件を引き出すにはどうすればいいか。相手に投げかける第一声から熟考したのか?」
「もちろん、私としましても、より良い条件で進めたいというのを大前提でお話させていただきましたが――」
こっちだって、適当に仕事をしているわけではない。簡単には食いさがれない。けれど、九条に一蹴された。
「結果がすべてだ」
今提出したばかりの報告書をヒラヒラとさせて吐き捨てる。
「ここは、過程や努力を褒めてもらえる学校じゃない」
う――。
「もう一度、交渉しろ」
「分かりました」
頭を下げ、自分の席に戻る。
鬼上司め!
心の中で思わず悪態を吐いてしまうものの、言われたことはどれも正論で。確かに、相手方と話をする時の自分の第一声が何だったかなんて覚えてもいない。
逆に言えば、九条は、交渉する際、自分の発する言葉すべてに神経を使っているということ。
見習うべきことばかりだ。
「課長、仕事熱心な中野さんにも容赦ないですね」
「課長は、真面目かどうかなんかで評価しないから。でも、間違いなく鍛えられるけどね」
丸山に笑顔で答え、戦略を立て直す。当初よりはいい条件を引き出せた。でも、それでは九条の求める結果には至らなかった。
もっと、自分に厳しくならないと――。
一人前になって、認めてもらいたいから。
その夜遅く、仕事で疲れ切った身体でアパートに辿り着くと、九条からメッセージを受信した。
【あれから、大丈夫か?】
これは、祐介のことを尋ねられている。
【はい。昨日から、何のアクションもありません】
オフィスから出る時も、アパートに帰って来る時も、もしかしたら祐介がいるんじゃないかと不安になった。でも、その姿はなかった。スマホにも何の連絡もない。
【それならよかった。でも、警戒は怠らないように。何か不安なことがあったらすぐに言うように】
【はい。ありがとうございます】
心配させているのは心苦しい。このまま何事もなく終わってほしい。
これでやり取りは済んだと思われたが、再びメッセージがディスプレイに表示される。
【今度の土曜の夜、泊まりで会えるか?】
泊まり――。
すぐに浮かんだのは、『この先は次回の楽しみにとっておく』という言葉。
【会えます。楽しみにしてます】
スマホを握り締めて固まる。
どうしよう!
ドキドキが止まらない。