冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「結愛だって、子供の頃、麻子ちゃんのために、たーっくさん我慢して来たんです。仲良し三人家族だったのに、麻子ちゃん来てから、パパとママは喧嘩ばかりになって。幸せだった生活が一変して辛かった」
それは事実だ。紛れもない事実。だから、これまで耐えてきたのだ。
「それでも結愛は、一人ぼっちの麻子ちゃんの妹になろうって思っていたんです。それなのに、悲しいです」
「結愛ちゃん、お世話になっていたことは、私もずっと申し訳ないと思って来た。でもね――」
咄嗟に言葉を吐いた麻子を遮るように、九条が結愛を突き放した。
「本当なら、今すぐここを出て行けと言いたいところだが、そんな格好の女をこの時間に放り出すのは倫理的に問題がある。それに、彼女があなたの家に世話になっていたこととあなたが彼女の従姉妹だということは考慮しよう」
そう言い放つと、九条がテーブルに封筒を乱暴に置いた。
「三週間時間をやる。その金で、新しい家を見つけるなり、親元に帰るなりしろ。三週間後にはこの家の鍵を変える。二度と彼女を頼るな」
「そんな……っ!」
「これでもかなり譲歩している。それもこれも、あんたが彼女の親族だからだ。もし赤の他人なら、容赦しない」
涙などどこかへ消えていた結愛に顔を近づけて、九条が吐き捨てるように言った。
「待ってください――」
九条の腕を掴むと、麻子の方に振り向く。
「君はとりあえず、身の回りの物と貴重品をまとめて。私の家に来るんだ」
「そんな……っ」
「君は私と一緒に暮らす。それでいいな?」
九条の強い眼差しに、ただ頭を振ることしかできない。そうして何とか言葉にする。
「そんな迷惑をかけるわけにはいきません。そんなこと、できない……っ」
「これは、私が勝手に決めて勝手にすることだ。君は仕方なく従うだけのこと」
諭すような九条の口調に泣きたくなる。
「……ほら、早く荷造りするんだ」
肩をぽんぽんと叩かれ、鉛のように重くなっていた身体を動かす。急展開に戸惑いながら、スーツケースに思いつく物を詰めていく。