冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜

「麻子ちゃん、すごく素敵な彼氏さんだね。大人な雰囲気が本当にかっこいい。結愛、見惚れちゃった。こんなにイケメンな大人の男の人、見たことない」

結愛が九条の真正面に立って上目遣いで言った。ショートパンツから出た細くて綺麗な足がいやに目について、思わず目を逸らす。

「それなのに、祐介くんにも手を出すなんて、そんなことしちゃダメだよ。結愛のことはいい。でも、彼氏さんと祐介くんの二人を傷つけることになるよ」
「何言ってるの――」
「彼氏さん、私の彼が、麻子ちゃんに振り回されてボロボロで、麻子ちゃんのことしか考えられなくなってるんです。私、どうしたらいいかわからなくって……」

結愛が、九条の前で目元を指で拭っている。

一体、何の真似――?

「でも、麻子ちゃんのことは責めないであげてください。きっと、彼氏さんを裏切ってるなんてこと言えなかったんだと思うんです」

涙声で啜り泣きながら訴えている。祐介の時も、こんな風に演技をしたのか。

この子は、本当に悪魔だ――。

「――もうその辺でいいだろう。さすがに、その下手な芝居は見るに()えない」

九条の地を這うような低い声で、結愛が涙を拭う手の動きを止めた。

「え……?」

結愛が顔をあげ九条を見つめている。

「結愛、嘘なんてついてません。どうして、信じてくれないんですか?」
「どうして私が、あなたの言うことを信じなければならないんですか?」

上目遣いの大きな目がうるうると潤んでいる。そうすれば、男が優してくれると彼女は知っている。

「これ以上、彼女に迷惑をかけるな」
「迷惑かけられているのは、結愛の方なんですよ!」

結愛が、何を思ったのか九条の腕を掴んで身体を寄せた。九条の胸に顔を押し当てている。

触らないで――。

心の中は、声にならない悲鳴でいっぱいになる。

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