冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「パパとママに言いつけるから!男と一緒になって結愛を追い出したって!」
今度は、荷造りをする麻子に罵倒し始める。
「仕送りの額ももっと増額させてやる!」
手当たり次第の衣類と通帳関係のもの。そして、母親の位牌。足早に洗面所に行って洗面道具を手に取った。それをスーツケースに詰めて、蓋を閉じる。
「……行くぞ」
九条が素早くスーツケースを麻子から引き取った。
玄関先で靴を履き出て行こうとする麻子に、結愛の叫び声が投げつけられる。
「教えてあげるよ。どうして祐介くんが麻子ちゃんにより戻そうって言ったのか。未練があったからなんかじゃないからね。ただのお金目当て。麻子ちゃんが好きだったんじゃなくて、わがまま言わなくてお金稼いでる麻子ちゃんが都合がよかったの!」
結愛の言葉に足が止まる。
「昔からそう。男の子は麻子ちゃんのこと好きになったりしない。だって、つまらないもん。真面目で必死に努力して何でも我慢していい子にして。ただそれだけの人。結愛は、そんな麻子ちゃんが、ずっとずっと大っ嫌いだった!」
思わず震えだ出した肩を九条がそっと抱く。そして、そのまま玄関の外へと連れ出した。
玄関ドアがパタンと閉じたと同時に、堪えていた感情が溢れ出してしまう。
「わ、私、ほんと、どうしようもないくらい、惨めですね――」
そんな麻子を九条がきつく抱きしめた。
「君に、何一つ惨めなところなんてない」
九条の腕はとても優しくて。この地獄のような鎖から救い出す手に縋ってしまった。