冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
そうして、九条の車でマンションに連れて来られた。車の中で、九条が言った。
『あのアパートで、君と従姉妹を一緒に暮らさせたくなかった』
どうせ君は、追い出すことができないんだろう?
そう苦笑して。
『恋人を寝とった女と暮らすなんて、そんなこと君にさせるわけにはいかない』
運転する九条の横顔を見て不安になった。
面倒な女と付き合ってしまったって、きっと思うよね……。
九条にとって麻子は恋人である前に部下だった。放っておこうにも放っておけないだろう。ましてや恋人になってしまっている。
課長の重荷になりたくない。課長に嫌われたくない……。
「――そんなところに突っ立て、どうした」
リビングの前に立つ麻子に九条が振り返る。
「本当に、申し訳ございません。でも、私、ホテルでも何でも借りられますので、今日だけはお世話になって、あとはどうにかしますから」
「まったく君は……」
九条が大きく溜息を吐くと、こちらへと歩いて来た。
「強情にも程がある」
「でも、」
「そんな顔をするな」
大きな手のひらが麻子の頬を持ち上げる。
「3週間一緒に暮らすのは、嫌か?」
「嫌なわけないです。課長と一緒にいられるのは嬉しい。でも、課長の生活を侵害してしまう。私は、課長の負担になりたくない――」
そう訴える唇を、そのまま塞がれた。
「……っん、課長、」
「確かに、私は一人でいる方が楽だった」
「……っ」
唇が離れても完全には離れずに、触れるか触れないかの場所で九条が喋る。
「でも、君は別だ」
“君は別だ“
その言葉が甘く胸を焦がした。
「だから。もう何も言うな」
そう囁くと、再び九条の深いキスに飲み込まれる。
「……今日は、本当は二人で会う約束をしていた日だ」
深く甘いキスの後に、九条が抱きしめながらそう言った。
「当初の計画通りにとは行かないが、せっかくだからやり直そう」
「計画、してくれていたんですか?」
胸に頬を寄せながら問いかける。
「レストランを予約していたが、それはキャンセルした。でも、食事はまだだろう? これから行けるところに行こう」
「私も、今日はデートだと思って楽しみにしていました」
「せっかく、今日の君は綺麗なのに。このまま終わってしまっては勿体無い」
え……?
思わず九条の胸から顔を上げた。
「この前の君とは大違いだ」
そう言って笑う九条の顔があった。