狂愛メランコリー
上段に人がいたのだ。
彼は壁に背を預け、座っている。
屋上に続く扉の小窓から光が射し込んでいた。
ここからでは横顔しか見えないが、目を閉じているのが分かる。
眠っているのだろうか。
そんなことを考えた矢先、不意に目を開けた彼がこちらを向いた。
「……なんか用?」
梢が風で揺れるように、心がざわめいた。
何だろう? この感じ────。
「えと、そういうわけじゃ……」
違和感のようなものが萌芽する感覚を覚えながらも答える。
不良っぽくふてぶてしい彼の見た目や態度に、思わず萎縮してしまう。
ふと、彼がまじまじと私を眺めた。
「あ。俺、お前のこと知ってるかも。三澄の彼女だ」
「え?」
「よく噂されてんじゃん。ほとんど悪口だけど」
勢いよく身を起こし、彼は正面から私に向き直る。
ほとんど悪口、という遠慮のない言葉にショックを受け、訂正が一拍遅れてしまう。
「彼女じゃないよ。理人は幼なじみ」
「へー。ま、どっちでもいいけど」
さして興味なさげに言われた。
自身の膝に頬杖をつき、私を見下ろす。
「何してんの? こんなとこで」
「何ってわけでもないけど……。屋上とか出られないのかな、って」
「余裕」
彼は立ち上がり、ドアノブを回した。
錆びた扉を少し押し込むようにして動かせば、それは抵抗なく開いた。
驚くと同時に拍子抜けしてしまう。
“立入禁止”と赤字で書かれた看板が床に転がっているが、もしや彼の仕業なのだろうか。
「出ねぇの?」
「……大丈夫」
何となくこのまま屋上で食べる気にはなれず、咄嗟に首を振っていた。
彼は緩慢とした動きで扉を閉め、再び座り直す。
「三澄と喧嘩? 飯食うならその辺座れば?」
階段の段差を指し示しながら言われる。
……何だろう。彼は何だか不思議だ。
一見、他人に無関心そうなのに、妙に人懐こくもある。
特別愛想がいいわけでもないのに、ぶっきらぼうながら憎めないというか。
私は彼の数段下に腰を下ろした。
「喧嘩なんてするわけないよ。今日は理人に用事があるだけ」
「ふーん、やっぱ仲良いんだな。いつも一緒にいるし」
「……理人のこと知ってるの?」
見るからに理人とは正反対のタイプだが、どういう繋がりがあるのだろう。
「あー、同じクラス。俺、向坂仁な」
納得すると同時に、はたと気が付く。
問題児としてよく聞く名前だ。
「お前は?」
「あ、えっと……花宮菜乃」
「花宮ね。その反応からして俺のこと知ってそうだな」
「まぁ……よくない話は結構聞いたことあるかも」
無断欠席、遅刻、サボりは当然のことながら、“廊下の窓ガラスを割った”とか“他校生と喧嘩した”とか、その他にも色々と耳にしたことがある。
出来れば関わり合いになりたくない、と思っていたのだが……。
「悪名高い者同士、仲良くしよーぜ」
「一緒にしないでよ」
私は苦い表情で言いながら卵焼きを頬張る。
ふ、と彼は笑った。
「お前の場合はほとんど女子からの妬みだもんな。“王子”の隣も大変そうだな」
「理人の方が大変だと思う。私、本当に駄目駄目だから……」