狂愛メランコリー

 ふんわりと色づいた花が開くように、理人は緩やかに微笑んだ。

 見とれてしまいそうだ。

 慈しむような眼差しも温もりも、とても“殺意”とは結びつかない。

「ありがとう、菜乃」

 儚げな幼い彼と、あの秋の日の彼と、甘いスイートピーの香り。

 頭の中でちらつき、混ざり合う。

 割れた鏡の欠片が、ちぐはぐに光を反射し合うように。

 ────ずきん、と響く。頭が痛い。

「……ううん。私こそ」

 両手で包み込むように握られた自分の手を見た。

 今、隙間を埋めてくれているのは、間違いなく理人の方だ。

「…………」

 再び歩き出しても、彼は手を離さなかった。

 こんなふうに手を繋いで歩くのなんて、いつ以来だろう?

 何だか、ほどく気にはならなかった。

 不思議と恐怖心も消えていて、それより懐かしむ気持ちが強まっていた。

(うまく、やれてるのかな?)

 窺うように見上げれば、理人はどこか嬉しそうに見えた。

 このままいけば、殺されずに済む……?

「あ、そういえば知ってる? 駅前に出来たパン屋さん(、、、、、)

 ふと、彼が言う。
 私は眉を寄せ、内心首を傾げた。

(ケーキ屋だったはずじゃ……?)

 思わず尋ねかけて、すんでのところで飲み込んだ。

 危なかった。
 鎌をかけているのだ。

「……そんなの出来たんだ。今度行きたいなぁ」

 繕うように笑うが、冷や汗が滲んだ。

 触れた掌から動揺が伝わってしまわないか不安になる。

(まさか、これもそのためだったの……?)

 過去を懐かしんだわけではなく、私の些細な反応を見逃さないために手を繋いだのかもしれない。

 忘れたはずの恐怖心がかき立てられる。

 ……もう、分からない。

 どこまでが計算で、どこまでが本心なのだろう。

 ややあって、彼が口を開く。

「ああ、ごめん。ケーキ屋だったかも」

 苦笑した理人は、それでも泰然自若としたものだった。

 やはり、私を試して反応を見ていたんだ。

(何のために……?)

 つい怯んでしまうと、彼は不意に表情を消す。

 じっと私を見つめ、首を傾げる。

「────この話、前にもしなかった?」

 どくん、と心臓が跳ねた。

 図らずも身が硬くなる。

「してないよ……。初めて聞いた」

 細い声で答える。震えないよう必死だった。

 理人は満足そうににっこりと笑う。

「そっか。……それならよかった」

 その言葉で悟った。

 彼は記憶の有無を確かめたかったんだ。

 私が“前回”を覚えているのかどうかを────。
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