壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
***
番の木は里の入り口付近に立つ。
里は忍びの秘術がかけられており、そう簡単に外の者には見つからない。
葉名は一人、積雪の草原を越えたあと、村の中を歩き家へと向かっていた。
その足取りは重く、前を見ることが出来ていない。
家までの帰り道はこんなにも遠かっただろうか。
雪のせいなのか、視界がかすむ。
「はーなっ!」
「……っ依久くん」
突如、後ろから肩を組まれビクッと震え上がる。
振り返ると依久がニコニコとし、葉名を眺めていた。
この人が夫となる、と思うと目を見れずに俯いてしまう。
「あ、あの……私」
「蒼依じゃなくて残念だったね?」
「……私は、別に」
嫌味な言い方に葉名は唇を尖らせる。
素直になれない葉名に依久はケラケラと笑い、葉名の肩を叩く。
「家柄的にはハズレだけど、これはこれでありだなぁと思うよ?」
「な、んで……」
「蒼依はずっと大切に育てられててさぁ。オレは比べられてきたわけよ」
誰にも見せなかった依久の闇を垣間見たような気がした。
里は長子を重んじ、男尊女卑(だんそんじょひ)の傾向が強い。
蒼依の影となり、育ってきた依久が多少ひねくれてしまうのも無理はなかった。
「ま、気楽でいいんだけど。ただつまらねー人生だなって思ってよ」
こうして笑っていられるのは強さなのか、諦めなのか。
灰色の瞳からは何も読めなかった。
「だからちょっと今、意外な結果が出て面白いと思ってるよ。見た? 蒼依のあの情けない顔。……コイツもこんな顔するんだって思ったらおかしくておかしくて」
「……バカにしないでください。これは番の木が示した答えです。蒼依くんは正しい相手と結ばれた。……それだけです」
最後まではっきりと言い切れないあたりに、本音と建前の揺れが生じる。
痛む胸に目を背けるのは辛い。
だが葉名には恐れを力に変えることも出来ない。
連理の枝が示す結果が葉名を縛り付けていた。