壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
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里の外へ道で番の木の下を通る。
見上げると白銀の枝が光っていた。
葉名の枝を見ると、依久の枝の根に絡みついている。
まだ絡んでいない部分が空に向いて伸びていた。
「里を抜けたらもう忍びではなくなる」
繋がった手に力がこもる。
「今度こそ夫婦となろう」
「はい」
やさしい気持ちになる。
素直になったことで葉名はこれまでで最も幸せを感じていた。
(あたたかい手。私はずっと蒼依くんに幸せになってほしかった。だけど同時に私も幸せになりたかった。幸せになるのが怖かったんだ)
こうも晴れやかな心持ちに、光を見た。
悲観的だった葉名が前を向き、幸せを見つめる勇気を持っていた。
(あなたとの未来はきっと素敵ね。連理の枝が結んだ運命なんて)
――関係なかったんだ。
風を切る音が耳をかすめた。
振り返ろうとすると、それを妨げるように蒼依が葉名を抱きしめ、音に背を向ける。
音がやんだと思ったら、次に鼻をかすめたのは鉄の匂いだった。
「……蒼依くん?」
葉名に覆いかぶさるように身体をぐったりとさせ、もたれかかる蒼依。
葉名は膝をつき、蒼依の背に手をまわす。
ねっとりとした液体が葉名の手を染める。
(鼻をつんざく匂い。これは……血?)
目まいがする。
何も考えられない。
「あ……ぁああああ……」
「――え、なんで?」
雪を踏む音が葉名と蒼依の後ろで止まる。
忍びの装束をまとい、口元を覆っていた黒い布を指でおろした穂高が立っていた。
動揺した声も葉名は聞く余裕がない。
「なんで蒼依様が血を流して倒れてるの? 私が狙ったのは……」
ガクッと膝をつき、穂高は震える手を見つめる。
かすむ視界、息絶えそうな蒼依が力を振り絞り葉名の手を握った。