壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
「……行きなさい。お前のような裏切り者は里にはいらぬ。人の番を奪うまるで蛇のような女だ」
突き刺さる言葉に葉名は赤く染まった手を見つめる。
日に焼けることを知らぬこの手が蛇に見えた。
「お前のような低俗の女が里長の長子を惑わし、狂わせた。災いを招く女ね」
蒼依に絡みついた手。
命が失われた。
「お前のせいで血脈に歪みが出た。その罪、死してなお、許されるものではない」
(あぁ、そうか。これは蒼依くんに寄りかかりすぎたのだろう。……すべてをあなたに背負わせた蛇だった)
「行きなさい。お前の顔など二度と見たくないわ」
「……」
深々と頭を下げる。
穂高もまた、運命を狂わされた一人であり、顔を見ることが出来なかった。
葉名は動かなくなった蒼依の頬を一撫でし、口付ける。
雪に隠れた冷たいキスだった。
「……葉名は行きます。あなたが守ってくれた命、無駄にはしません」
着物の合わせに隠す小刀を取り出し、刃を蒼依の毛先に当てる。
そして髪を切り、胸に抱いた。
「……ひと房だけ、あなたをください。里を出たら私とあなたは夫婦になるのです」
もう涙は流さない。
蒼依の顔を目に焼き付け、葉名は立ち上がり番の木を見上げる。
そして自身の枝を握ると勢いよくそれを手折るのだった。
「あなたと結ばれぬ運命などいりません。……もっと早くこうすればよかった」
枝と髪を重ね、目を閉じる。
「連理の枝よ、どうか彼の魂をお守りください。私はこの地を去ります。どうか、どうか彼をお救いください」
番はいらない。
運命の赤い糸は葉名に不要。
願うは、たった一人の魂の救いのみ。
「さよなら、私の光」
――松明を持った里の者が駆け付けたとき、葉名は里から抜け出していたのであった。