Melts in your mouth
瞬く間に瞳をキランキランさせた相手は、漸く地面から立ち上がった。まるで、その言葉を待っていましたと言わんばかりの表情だ。全く露骨な人だよな。
「よくぞ私の欲しい言葉を言ってくれ……ゴホン…永琉ちゃん大丈夫なの?だって永琉ちゃんはsucré内でも一番忙しいじゃないの。」
「あ、それじゃあお言葉に甘えて他の方にお任せしても…「嘘です。編集長面かましてごめんなさい、平野君の穴は永琉ちゃんしか埋められません宜しくお願いします。」」
獲物に喰らいつくピラニアの如く私の両手を握った髙橋編集長がいよいよ漏らした本音に、頬が引き攣りそうになる。
チラリとsucré編集部内を一瞥すれば、先輩が揃って首を縦に振りながら私に向かって合掌していた。おい、私は神社でも寺でも大仏でもねぇぞ。
無論だが、私は労働が嫌いだ。目指すところは不労所得だし、できる限り家から出たくないし、こんなに文明が発達してんのに何でわざわざ電車に揺られて会社に通勤しなくちゃいけないのか甚だ疑問だし、仕事なんぞに打ち込む暇があるくらいならゲームで白熱した闘いを繰り広げていたい。
じゃあどうして惰性に満ちた精神を有している私が自ら買って出て、わざわざ平野の仕事まで請け負うのか。それは、平野が休む羽目になった原因に少なからず私が加担している自覚があるからである。
「でも永琉ちゃん、本当に無理はしちゃ駄目よ?永琉ちゃんまで体調を崩しちゃったらsucréは廃刊まっしぐらだからお願いよ?」
「平野が担当している先生は、私からの引継ぎが多いので私が対応した方が効率も良いですし大丈夫だと思います。ただ平野の体調がいつ元に戻るか分からないので、平野がいない間の新人教育はお願いしても良いですか?」
「勿論よ!!!任せて!!!新人ちゃん三人には私達古参が、しっかり社内恋愛相関図を叩き込むから!!!」
「お言葉ですが、社内恋愛相関図より仕事を叩き込んで下さい。」
「あらごめんね、ついうっかり本音が。」
「兎に角、平野の分のタスクに関しては任せて下さい。それじゃあ私は一秒すら惜しい状況になってしまったっぽいので仕事に戻りますね。」
自分のデスクに向かってPC周りに貼り付けているやらなければならないタスクが記された付箋紙へ視線を投げてから、腕時計で時刻を確認した。
ほぼ倍になった仕事量に白目になりそうだが、そんな事をしている暇すらない。まだ午前中なのにもう既に決定した残業に深い溜め息を吐いて、常備しているビターチョコレートを摂取してからキーボードに手を置いた。
あいつが居たら「永琉せーんぱい!そうやって溜め息ばかり吐いてると幸せ逃げちゃいますよー?永琉先輩の幸せ俺が吸っちゃおーっと」とか言ってきた事だろう。異常に静かな空席に、心底認めたくないが違和感を覚えてしまった。