Melts in your mouth



翌日の火曜日も、平野は職場を休んだ。熱が全然引かないらしい。風邪をしっかり拗らせているらしい。例によって『永琉先輩が夢で焦げたお粥を作ってくれて泣きました(´;ω;`)』そんなメッセージがあいつから届いたが、実に心外だった。


お粥くらいはちゃんと作れるわバーカ……すぐにでも直接そう言い返したいが、肝心の平野が隣にいない。ゆるりと口角を持ち上げて何の利益もないのにじーっとこちらに視線を寄越してくる平野がいない。


居たら居たで鬱陶しいのに、居なかったら居なかったで違和感がある。何て厄介な奴だとは思うが、平野のいないデスクに寂しさを感じる暇がない程に私のデスクにはタスクがてんこ盛りだ。

言わずもがな、平野の分の仕事を殆ど私が代打でする事になったからである。え?髙橋編集長?あの人が助ける訳ないだろ。ほら、今日も窓際でカフェラテ片手に「今日も生憎の雨ねぇ…まるで平野君という要を失った私の心を映しているみたいだわ」と己に酔いしれている。



『そんなに私料理できない人間に見えてんの?勝手に焦げたお粥作らせて、勝手に泣くな。てかちゃんと休め』

『え?待って、待って、永琉先輩勘違いしてない?🐰永琉先輩が俺にお粥を作ってくれた優しさに泣いたんですよ?焦げたお粥を作った夢なのに現実的な永琉先輩に対して泣いた訳じゃないですよ?』

『一分以内に返信してくんな。平野お前、本当は元気でしたー☻とかだったらぶっ飛ばすからな』

『ゲホッゲホ…苦しいから今すぐ抱き締めに来て貰って良いですか?』



勿論ここで、既読無視。私の既読無視に意味分からない位に目がきゅるんきゅるんしているキャラクターのスタンプを連打してこない平野は、一応ちゃんと体調不良な様だ。

熱は昨日よりは下がっているのだろうか。全く下がっていないのであれば、大分しんどいであろう事は幾ら親に心がないと形容された私でも分かる。ご飯は食べられているのだろうか。あいつも独り暮らしだと先輩から聞いた事があるし、もしベッドから動くのがやっとだったりしたら料理を作るのも一苦労だろう。



「…大丈夫…だよね?」

「それって、平野先輩のことですかー?」

「ゲホッゲホ、な、中島ちゃんいたの!?」

「はい、さっきからずっとお声掛けしても菅田先輩気付いてくれなかったので観察してました。」

「どうかした?」

「それより、菅田先輩、平野先輩のことを心配してたんですか?」

「……。」

「してたんですか?」



い、言いたくねぇ。長い睫毛をパチパチと瞬かせて、平野のデスクで頬杖を突いている中島ちゃんは明らかに私からの回答を待っている様子だ。


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