Melts in your mouth
あいつのせいで莫大な仕事量抱えさせられて迷惑してるから、さっさと復活しろって思ってただけ。そんな答えを述べた後、どうしても可愛くない言葉しか並べられない自分に苦笑が滲む。
平野はこんな私の何処を好きになったんだろうか。あいつには殊更辛辣な態度を取っていた自覚があるから余計分からない。元々理解不能な脳みそだから理解しようとするだけ無駄な気もするが、甚だ疑問で仕方ない。
「愛ですねー!!!」
「え?」
「菅田先輩の一瞬の隙に零れ出る可愛さに平野先輩はぞっこんなんですねきっと。」
「ちょっと中島ちゃん?幻覚見えてる?疲れてるんじゃない?」
「私、元気だけが取り柄なので心配ご無用でーす。こんな事後輩の私が言うと生意気な口を利いているみたいで申し訳ないですが、菅田先輩はとっても可愛いです。」
「……。」
「平野先輩が菅田先輩の話になると饒舌になるのがよく分かります。」
「あいつ、私がいない所で勝手に話題に上げてるの?殺す。」
「あ、菅田先輩。平野先輩が担当している先生からご連絡があって、締め切りに間に合わないそうです。」
「中島ちゃん、それを先に言ってくれ。」
「すみません、菅田先輩の余りの可愛さに胸キュンしちゃってました。菅田先輩、午後からその先生の所に行きますよね?次の会議の資料作成は私がやっておきますね。」
とんでもなく可愛い笑みを咲かせて親指を立てる中島ちゃんの発言は、仕事ができる人間のそれだった。緩い感じを漂わせているのにやるべき事はしっかりやる所とかが、ここにはいないどっかの誰かとそっくりだ。
彼女の身体を脅かしている平野ウイルスが、どうかこれ以上は重症化しないでくれと祈るばかりである。
「やっぱり締め切り間に合いません電話が来たか……。」
中島ちゃんが自分のデスクに戻ったのを確認して、ぐしゃぐしゃに髪を乱しながら溜め息をついた。今日も今日とて、タスクが記された付箋紙が、PC画面を縁取る様に貼られている。こんな量の付箋紙を見るのは、私が平野を教育していた時以来だった。
あいつがsucréにとってどんだけ必要な人間なのかを、存在するかも不明な神様とやらが私に訴えているかの様だった。そして非常に悔しいけど、私はそれを認める事しかできなかった。
平野のいないsucré編集部が、こんなにも頼りないなんて、知らなかった。