Melts in your mouth
当時、誰がどう見ても一番仕事のできない私に髙橋編集長の指示を拒否する勇気はなく…というよりも端から拒否の権限すら与えては貰えず、ゆとり世代のど真ん中をひた走ってきたこちらの度肝をも抜き去る脅威の緩さを見せつけた平野という名の出来立てほやほやの後輩を、私はただ黙って引き取るしか道がなかった。
先輩方が全く以てありがた迷惑な気を利かせてくれたおかげで、平野のデスクは私の隣になる事が決定し、以降、今日に至るまで私と平野はお隣さんであり続ける羽目になった訳である。
最初の自己紹介から人に嫌悪感を与えるという恐ろしい才能の持ち主である平野は、sucré編集部には初出勤だというのにまるで勤続数年が既に経過しているかの様な妙な余裕風を吹かせていて、緊張感で背筋を伸ばす事は一切なく、デスクに肘を立てて頬杖を突きながら初対面の先輩である私の顔を覗き込んで来た。
気に喰わねぇ奴。至近距離で眺めてもケチの付け所がゼロな顔面に胸中で文句を吐き散らしつつ、己の力の限りを尽くして口角を持ち上げた。
「初めまして平野さん。私は菅田 永琉です。先程、髙橋編集長が軽く紹介してくれた通り、平野さんの教育係に任命されたのでこれから宜しくお願いします。」
「こちらこそ末永くよろしくお願いします、永琉先輩。」
「は?」
「皆、永琉先輩の事下の名前で呼んでるし俺だけ苗字呼びするのも仲間外れみたいで寂しいじゃないですかぁ。」
「……。」
「なので、俺も永琉先輩って呼びますね。だから永琉先輩も俺を翔って呼んでも良いですよ?」
「あんた頭沸いてんの?」
会話のキャッチボールを始めてたったの三往復半。目前にいるクソイケメンなだけの生意気な後輩平野は、早くも私の心の中で「苦手」から「嫌い」への昇格を果たしたのだった。