Melts in your mouth
「先輩のおかげで治ったから、先輩に食べて欲しくて朝から並んだの。だから、困った顔しないでありがとうって言って?」
テメェにお礼を強要される筋合いなんてねぇよ。ちょっと前までの私ならそういう可愛げのない発言をサラリと放って顔を顰めていたのだろう。しかしながら今日の私は「…あ…ありがとう」そう言って視線を逸らすので精一杯だった。
そして平野 翔特製弁当とケーキの箱を抱えて逃げる様にここへやって来たのである。
こんなんじゃ!平野を好きだってバレるのも!時間の問題過ぎる!
まさか自分がこんなにも分かり易い人間だったなんて思ってもみなかった。28歳にもなって滅茶苦茶に乙女じゃねぇかよ私。非常に由々しき事態である。頭を抱えずにはいられない。溜め息を零さずにはいられない。
平野に対して素直に「ありがとう」が出てしまったのも、相手の思惑通りな感じがしてムカつくのだが、気付いたら「ありがとう」が出ちゃっていた。しかも平野が私にケーキを買う為にわざわざ並んでくれた事実に、キュンみたいな効果音が何処からともなく鳴った気がした。
「これが惚れた弱味という奴なのか…。」
口を突いて小さく落ちた呟きが、二つ並んでいるザッハトルテの上で溶ける。暗いスマホの画面に反射して映る自分の口角がへにゃりとだらしなく緩んでいる。
それに気づいて慌てて唇を結んだ刹那、突然右肩が重くなった。
「すーだ。」
優しい声が、鼓膜を揺する。私をこんな風に呼ぶ人間は、この会社で一人しかいない。
誰なのかを脳が特定したのとほぼ同時に、私の頬を柔らかな黒髪の毛先が擽った。鼻腔を掠めたのは、よく知っている爽やかな香り。視線だけを重くなった肩の方へと滑らせれば、視界が捕らえるのは、社外からもかなりおモテになられているらしい男の美しい横顔。
「これ、ザッハトルテ?菅田が好きな奴じゃん。」
箱の中のケーキを指差しながらこちらを覗き込んだ相手は、そう言って…。
「山田……。」
「最近ここに来てなかっただろ、俺寂しかったんですけど?」
クシャクシャと私の頭を撫でて、優しく頬を緩めて見せた。