Melts in your mouth


「それよりさ。」



いよいよ本当に仕事に戻る素振りを見せた相手が、何かを思い出した様に開口するもんだから、こちらの視線も滑る。



「お互い、今の仕事が一段落したら呑みに行かねぇ?」



双眸が捕らえたのは、微かに真剣な顔になった山田の姿。

今日も今日とて、相手のシャツには皺がないし、繁忙だと言う割には髪の毛もきちんとセットしてあって、ついでに肌荒れなんて微塵もない。



「良いよ。前はもつ鍋だったから今度は焼き鳥にするか。」

「流石。俺達の夏の定番は焼き鳥だもんな。」

「山田の好きなつくねと砂肝の美味しい店、この間結愛と呑んだ時に偶然見つけたから任せて。」

「ん、その楽しみがあんなら山場も乗り越えられそう。」

「大袈裟かよ。」

「大袈裟じゃねぇよ、めっちゃ楽しみにしてる。じゃあな、菅田。あんまり無理すんなよ。」

「特大ブーメラン。お互い生き延びて焼き鳥食べような。」

「だな。」



持つべきものは友であり頼もしい同期かもしれん。仕事全てを投げ出して逃亡を図りたい気持ちが今の会話で鎮まった。

小さくなってやがて視界から消えてしまった山田の背中をぼんやりと眺めながら、ザッハトルテを口に含む。


ちょっとだけビターなチョコレートの上品な甘さが、舌の上で蕩けていく。



「うま…。」



お弁当を食べた後にも関わらず、二切れをぺろりと平らげてしまった己が恐ろしかった。

疲労で糖分を全身が欲してたんだ。そうに違いない。実質0キロカロリーだ。


醜い言い訳を並べて自らに言い聞かせていた私の意識は…。



「うう…やっとどうにか時間作れた。」



突如視界に割って入ってテーブルの上で項垂れた平野へと集中した。



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