【改稿版】シンデレラは王子様と離婚することになりました。

第一章 王子様のプロポーズ

「え、今すぐ帰ってこい?」

 白を基調としたモダンなオフィスの廊下で、携帯に向かって思わず声を荒げた。

 私、工藤捺美(くどうなつみ)、二十五歳。

入社三年目の営業事務職だ。

働いているのは、東京証券取引所プライム市場に上場している大手一流企業。

都心の一等地にそびえる高層ビルは、全面ガラス張りで空を映し込み、昼は陽光を反射して眩しく輝き、夜には街のイルミネーションと溶け合っている。

エントランスに足を踏み入れれば、天井まで伸びる吹き抜けのアトリウムが広がり、ガラス越しに差し込む自然光が空間を明るく満たしていた。

大理石の床には磨き上げられた光沢が走り、受付カウンターの前には受付嬢が立ち、訪れる人々を上品な笑顔で迎えている。

その二十三階にあるのが、私の仕事場だ。


そんな恵まれた環境で働けていることだけは、人生で数少ない幸運のひとつだと思う。
「作り置きしておいたでしょう? それじゃ駄目なの?」

《もう食べちゃったのよ。お腹空いて死にそうだから、早く帰ってきて》

 電話の相手は、二十六歳でフリーターの継姉。

 父の再婚相手の連れ子だ。

遠慮もなく、いつもこうして無理難題をふっかけてくる。

「どこかで買ってくればいいじゃない」

《はあ?》

 言い返した瞬間、彼女の声がさらに尖った。

《ちょっとお母さ~ん。捺美が夕飯買ってこいだって!》

 近くにいる継母へと、わざとらしく告げ口する。

 ああ、まただ。こめかみがじんじん痛み始める。
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