幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
 「朱里さん」

 門扉の前まで来た時、後ろから菊川に呼ばれて朱里は振り返った。

 「はい、何でしょう」
 「歩きながら話しましょう。お送りします」

 そう言って門を開ける。
 朱里が先に出て、すぐに菊川も肩を並べた。

 「朱里さん。先日の演奏、素晴らしかったです。幼い頃の朱里さんの笑顔が思い浮かびました。朱里さんも、あの頃の様子を思い出していたのですか?」
 「ええ」

 朱里は言葉少なにうつむく。

 「そうでしたか。では幼い頃、素直に大好きと笑いかけていた気持ちを、今も?」

 菊川の言葉の意味を考えてから、朱里は首を横に振る。

 「いいえ。あの頃そばにいてくれたことへのお礼とお別れの気持ちを込めました。今までありがとう、どうか幸せにと」

 そうですか、と菊川は小さく呟いた。

 「大人になるって、難しいですね。私がまだ高校生だった時、6歳の朱里さんと瑛さんを見て、お二人の明るい将来しか思い浮かびませんでした。羨ましくなるくらい、幸せな未来がお二人には待っていると」

 朱里は何も言葉を返せない。
 やがて朱里の家の前に着いた。

 「菊川さん」
 「はい」

 朱里は菊川と向かい合った。

 「どうか瑛をよろしくお願いします。私はもう、瑛のそばにはいられません。話も聞いてあげられません。瑛が、自分を追い込み過ぎないよう、色んなものを背負い込み過ぎないよう、どうかそばについていてあげてください。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げていると、小さく菊川のため息が聞こえてきた。

 「朱里さん。私が出来ることは何でもします。瑛さんをしっかり支えます。しかし、私では出来ないこともあるのです。私には、あなたの代わりは出来ません」

 朱里は顔を上げる。
 だが、何かを言うつもりはなかった。

 それを察した菊川が、ふっと小さく息をつく。

 「朱里さん。どうか朱里さんも無理をしないでくださいね。私には何でも相談してください」
 「はい、ありがとうございます」
 「では、おやすみなさい」
 「おやすみなさい」

 朱里は部屋に入るとベッドに座り込む。
 
 これからは、自分一人なのだ。
 なぜだかふいにその事が胸に突き刺さった。

 当たり前のようにそばにいてくれた存在は、今になってこんなにも大きな自分の支えであった事に気づく。

 もう頼れない、遠くの存在。

 心細さ、寂しさ、不安、色んな気持ちが混ざり合い、朱里は自分を抱きしめて涙した。
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