Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
「仕事、ですか?」

 すると口を開いたのは萌音の方だった。

「私がオーダーメイドのドレスを作っていることはこの間お話ししましたよね」

 実物のドレスはまだ見てはいなかったが、写真でドレスを見せてもらっていたため六花は頷く。

 萌音はオーダー、セミオーダー、そしてドレスのリメイクなど、客の要望に合わせてドレスを作る店を経営しており、そのドレスは彼女らしい可愛らしくもエレガントなものが多かった。今は育児を優先しているため受け付ける件数を控えているらしいが、それでも希望する花嫁は後をたたないらしい。

「お客様からね、アクセサリーもオリジナルで作れたらっていう言葉をいただくことが多くあって。でも私はアクセサリーには関しては知識も技術もないし。でも今日こうして阿坂さんが作ったアクセサリーを拝見させていただいて、私が作ったドレスとすごく合う気がしたんです」
「そ、そんな! 私なんてただの素人ですし……」

 六花は顔を大きく左右に振り、萌音の言葉を否定した。しかしそんなことはないとグイグイと迫る萌音の姿に、翔は思わず吹き出した。

「じゃあ一つ提案なんだけど、とりあえず三件だけやってみない?」
「三件……ですか?」
「そう。今萌音が受けている仕事のお客様の中で、アクセサリーを希望される方が三組いらっしゃるんだ。試しにやってみて、もし良かったら今後のことを話し合うのはどうかな?」

 今後の生活に不安を覚えていた六花にとっては、これ以上にない相談だった。だけど頭の中ではプレッシャーも感じていた。

 もしお客様にとって納得のいくものが作れなかったらどうしよう……。由利先輩や奥様に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 その時にふと六花の頭にある考えが浮かぶ。

「あの……もしよろしければ、私をここで雇っていただくことは出来ませんか?」
「雇う?」
「そうです。私は素人だし、お客様を満足させられるようなものが作れるかわかりません。本音を言えばすごくやってみたい。でも気軽には飛び付けないんです」

 六花はお腹をギュッと掴む。私には守るべきものがあるのーー。

「こちらの式場やレストランで従業員として働きながら、アクセサリーを作る仕事をさせてください」

 真剣な表情でそう言い切った六花の瞳を真っ直ぐに見つめてから、翔は萌音の方に向き直る。萌音はただ大きく頷いた。

「わかったよ。ただ……とりあえず今一番大切なことは、赤ちゃんを無事に産んであげることだからね。それに赤ちゃんが生まれたら、可愛い過ぎて逆に仕事のことなんか考えられなくなっちゃうかもしれないよ」
「……そうなんですかね……まだ想像出来ないです」
「あはは! まぁ今はね。じゃあ育児や生活が落ち着いたら、ここで一緒に働いてくれるかな?」
「もちろんです! ありがとうございます!」

 心から頼れる人が増え、仕事も見つかり不安が一つ消えた。この街にやってきて本当に良かったと、六花は心の底から思うのだった。
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