Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
 逃げだそうとする六花を、宗吾は背後から強く抱きしめる。久しぶりに感じる宗吾の腕の感触や香りに、六花の体の奥がきゅんと疼く。

「なっ……!」
「今度こそ逃さないから」

 今度こそーー? 宗吾の言葉が引っかかったものの、耳に拭きかかる息遣いに体が震え、腰が抜けそうになったなんて恥ずかしくて口に出せなかった。

「逃げないから……だから離してくれない? ほら、このままだと料理も落としちゃいそうだし」

 手に持つ皿を指差す。すると宗吾が少しだけ手の力を緩めたので、その瞬間に彼の腕の中からスルッと抜け出したが、すぐに手首を掴まれ壁際へと連れていかれる。

 とはいえこれから何を話せばいいのかを考えると、皿の上の美味しそうな料理も喉を通る気がしなかった。

 その時、会場が大きな拍手の音に包まれる。はっとして顔を上げると、来場者の視線が会場前方の舞台に注がれている。どうやら社長の挨拶が始まったようだった。そこには翔と萌音の姿もあり、二人を目にしたことで、六花の気持ちも少しだけ落ち着きを取り戻す。

「久しぶり。元気だった?」
「まぁそれなりに。お前は?」

 頭の中には宗吾の元を飛び出した日から今日までのことが蘇る。いろいろあったけど、全体的に考えれば健康的に過ごして来ただろう。

「私も至って元気」
「そっか」

 六花は改めて宗吾を観察した。近くを通りかかったウェイターからシャンパングラスを受け取り、伏目がちにグラスに口を付ける。お互いに今年二十九歳になるけど、彼は歳を重ねるごとに色気が増して来ている気がする。

 宗吾の唇を見ていると、六花はふと彼とのキスを思い出して胸がときめいた。激しくて甘くて、全身の力が入らなくなるような感覚を今も鮮明に覚えている。

「そういえば結婚は? お見合いが進んでいたはずでしょ?」
「あぁ、あれなら断った。お前が途中で逃げ出すから、かなり大変だったけど。だから今も独身」
「そ、そうなの? まぁ私のせいではないけど」

 独身だと知ってどこかホッとしている自分がいた。

「いやいや、あのまま結婚してたら断りやすかったからな。で、そっちは? 俺の部屋からいなくなったくらいだし、良い男でも見つかった?」
「何それ。私は別に……もう恋愛とか結婚はどうでもいいかな。それよりも生きがいを見つけたから」

 そうよ。大切な娘との時間は、私にとって生きがい。あの子のために私は生きてるし、頑張れる。

「生きがいか。なんか羨ましいな。俺にもそういうのがあればいいのに」
「そ、そうだね……」

 六花は宗吾の顔が見られずに俯いた。私は今の生活を大切にしたいだけ。だから彼との子を生きがいにしている事実を知られたくないと思った。
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