Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
「六花!」

 名前を呼ばれて振り返ると、眉間に皺を寄せて動揺した様子の宗吾が立っていた。慌てて走ってきたのか息を切らしている。彼を見て驚いた六花の涙がピタッと止まった。

「ど、どうしたの?」
「急にいなくなるから……。それよりどうして泣いてるんだ? 何かあったのか?」

 宗吾は六花の顔を両手で挟んでから、困惑したように問いかける。六花は慌てて涙を指で拭うと笑顔を浮かべた。

「なんでもない。大丈夫だから」

 その言葉を聞いた宗吾は、安心したように六花の体を抱きしめると大きく息を吐いた。その腕の強さと温かさに包まれ、六花は安堵の吐息を漏らす。

「突然いなくならないでくれよ……心配するだろ」
「あぁ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど……ちょっと電話してただけ」
「電話? 誰と?」
「母親と。泣いちゃったけど、でも大した内容じゃないから気にしないで」
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だってば」
「そうか……。六花は前科があるから心配なんだよ」
「わかってるけど……宗吾ってそんなに心配症だった?」
「六花がそうさせたんだろ」
「うっ……肝に銘じます」

 まーちゃんは両親が見てくれている。まずは宗吾と向き合うと決めたじゃない。

「部屋は取れたの?」
「あぁ、荷物を部屋に運んでもらってる」

 腕の力が弱まったので体を離すと、宗吾の顔には安堵の表情が見える。昔は自信満々な感じだったのに、今の彼はそれだけじゃない哀愁のようなものを感じる。その姿に六花の心は惹きつけられた。

「そっか。ありがとう」

 そんなふうに優しく微笑まれると、体が熱くなってしまうーー胸が苦しくなって、つい視線を逸らした。

 すると二人を見ている人たちの視線に気付き、恥ずかしくなった六花は宗吾の腕を引く。

「六花?」
「いいから、こっちに来て」

 あんな風に抱き合ってたら、見られるに決まってるじゃないーー二人はホテルの中へと慌てて戻った。

「なぁ六花、もしかして今誘われてる?」
「はぁっ⁈ そんなわけないでしょ!」

 六花の耳元で嬉しそうに囁く宗吾の脇腹に、思いきり肘鉄を食らわせる。だが宗吾はそれすらも楽しそうに受け取るから、六花もつい笑ってしまった。

 もしかして笑わせようとしてくれてるのかしら。宗吾は昔からそうやって私を元気づけてくれる。元カレと別れて家を出た日もそうだった。宗吾さりげない優しさを感じて、六花の胸は温かくなった。

「さて、そのまま部屋に行ってもいいけど、上にバーがあるから少し飲んでいく?」
「どっちでもいいかな。宗吾はどうしたい?」

 六花が尋ねた瞬間、彼の瞳の奥に熱いものを感じ取る。宗吾はじっと六花の瞳を見つめてから不敵に笑う。

『わかってるくせに』

 まるでそう言われているようだった。

 言葉がなくても伝わるなんてーー六花は視線を落とすと、小さく頷いた。
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