Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜

　きっと彼が優しくするから、それに甘えちゃったんだ。大丈夫……しばらくすれば、また元の強い私に戻るはず。

　ずっと胸に秘めてきた想いーー今回再会しなければ、宗吾を好きだって自覚することはなかった。

　好きだからそばにいたい。好きだからこそ、そばにいたら苦しくなる。なんて矛盾。

　でももう会うこともない、これで平穏な生活に戻れるーーなのにどうしてこんなに悲しくなるんだろう。涙を堪え、両手で顔を押さえた。

　そういえば宗吾が持っていた婚姻届、あれはどうするんだろうーーその時になって、六花はようやくあることに気付く。

　あれ、ちょっと待って。良く考えたら彼は今はね私の住所を知らないはず。あの時に書いたものは確か実家のものだった……ということは、最初からあの婚姻届には意味がなかった……？　もし知っていたとしても、私に黙って勝手に書いたところで受理されないんじゃない？　　

　テーブルの上に置きっぱなしになっていたスマホを掴むと、『婚姻届　無効』と入力してみる。すると不受理届に関する情報が大量に出て来たため、六花は大きく項垂れた。

　不受理届ーー各当事者の間で、届出時点で意思がなければ無効となること。

　六花は大きく項垂(うなだ)れた。バカみたい……なんであの時に気付かなかったのだろう。勝手に婚姻届や離婚届が出せないための法律があるのは当たり前じゃない。でも宗吾に急かされていたから、冷静に何かを考えるなんてことは出来なかった。

　でも気付かなかったからこそ、彼との時間を持てたのも事実。結果としてはこうなってしまったけど、二人きりで過ごした時間はきっと一生忘れない。

　だけどもし気付いたとしたら？　ううん、歴史に＂もしも＂はないんだ。シンデレラの魔法だって時間が来れば解けてしまう。

　スマホに何件かのメッセージが届いていることに気付いたが、確認する前に寝室から娘の泣き声が聞こえたため、六花は慌てて娘を迎えに部屋を飛び出した。