出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「悪い。ちょっとした戯言。大事にするなんて言っときながら何言ってんだろうな」

 ハハハと誤魔化すような乾いた笑い声が聞こえたと思うと、龍は実乃莉の左薬指に触れた。

「来週には指輪ができる。一緒に取りに行こう」

 感慨深そうな声と併せて、それが収まる場所を確かめるように撫でられる。
 婚約しすぐに買いに行ったエンゲージリングは、巷で憧れのブランドとして挙げられる有名店だった。
 刻印など必要ないと言う実乃莉に対し、龍は頑なに入れたいと言い張った。どんなオーダーをしたのかは龍に任せたから知らないが、そのぶん手元に届くのに日数がかかっているのだ。

「そう言えば……」

 龍は思い出したように呟くと続ける。

「来週末、三連休だったな。せっかくだし、どっか出かける? 親父さんも少しくらいの遠出なら許してくれるだろ」
「いいんですか?」

 顔を上げて尋ねると、薄らと笑みを浮かべた龍の顔が目に入る。

「当たり前だろ? どこに行きたい?」
「けど……お仕事は大丈夫なんですか?」

 心配になり問いかけると、龍は苦い顔をする。そのまま実乃莉の頭を撫でるとそれに答えた。

「こうもトラブル続きだと心配にもなるよな。絶対、とは言い切れないけど……。本当なら今は忙しい時期の予定じゃなかったんだ。なんとかなるはずだ」

 優しい手つきで撫でられるとホッとする。実乃莉は龍の胸にギュッと顔を埋めた。

「嬉しいです。でも、絶対に無理はしないでくださいね……」

 「わかった」と耳に届き再び腕の中に閉じ込められると、その温もりが体に伝わってきた。

 それだけで幸せだった。
 こうやって、お互いの存在を確かめるように触れ合っているだけで。
 いつか違う誰かに抱きしめられたとき、こんなに幸福感で満たされることはないかも知れない。でも今は、そんなことを考えるのはよそう。

 龍の鼓動と自分の鼓動が重なっていくのを感じながら、実乃莉は思っていた。

 しばらくすると、龍の腕から力が抜けていく。よほど疲れていたのか、実乃莉を膝に乗せたまま、規則的な寝息を立て始めていた。
 恐る恐る離れても龍が起きる気配はない。それくらい疲れ切っているのだろう。本当はちゃんと横になってもらいたいが、起こすのも忍びない。
 実乃莉はイスをできるだけ倒してみる。龍はそのまま眠りについていた。

「おやすみなさい」

 小さく寝顔に囁くと、実乃莉はその頰に唇を落とした。
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