出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 過去一度だけしたキスは、まだまだ初心者(自分)に合わせていたのだと思い知った。
 噛みつかれているようなキスに息もできなくて、必死に龍の腕にしがみつく。ようやく唇が離れると、実乃莉は酸素を求めるように肩で息をしていた。

「苦しい、です。龍さん……」

 涙目で龍を見上げると、見たこともないくらい色気のある表情で龍は唇を震わせた。

「じゃ、今のうちに深呼吸して?」
「なっ……ん、でっ……?」

 全力疾走した後のように途切れ途切れで尋ねると、龍はまた顔を寄せる。

「まだ足りない。もっと……欲しい」

 切なげな懇願を拒否などできない。飢えた獣に捉えられたかのように唇は貪られ、堪えきれない吐息がその隙間から漏れ出した。

「ふっぅ、ん……ンっ……」

 体の奥から、ピリピリと感じたことのない感覚が生まれては全身を駆け巡る。それは舌で唇をなぞられるといっそう強くなり、思わず掴んだ指に力が入った。

「んんっっ!」

 堪えきれず上げた声も、閉じ込められた唇の中に吸い込まれていく。唇の隙間はゆっくりと舌先でこじ開けられて、それを受け入れると今度は歯列を撫でられた。

(頭が……クラクラする……。おかしくなりそう……)

 龍の誘導に実乃莉は必死で応えながら、どこか遠い意識で考えた。けれどもう、そんなことも考えられなくなるほど余裕はなくなってくる。
 舌を探り当てられ、龍の舌先が自分の舌の横をなぞる。初めての経験は、初めて背中をゾクリと撫で上げた。

「あぅっ、んっ」

 呼吸する間を与えるように唇は離れるが、名残惜しそうに舌だけ繋がっている。何度かそれを繰り返し、ようやく完全に離れると、そのまま肩からギュッと抱きしめられた。
 また龍は頭上にすり寄ると、息とともに気持ちを吐露し始めた。

「このまま連れて帰りたい……。めちゃくちゃ甘やかして、ドロドロに溶けさせて、全部俺のものにしたい……」

 カァッと頰が熱を発するのと同時に、お腹の奥底がジワリと疼く。
 それなりの年齢の男女が交際しているなら、当たり前のようになされるだろう行為。けれどいざ自分が、となるとどうすればいいかわからない。
 それでも、龍が癒されるならこの身を捧げてもいい。きっと後悔はしないだろう。そう思った。

「あの、龍さん……」

 実乃莉が切り出すと、頭上にあった気配が遠のく。けれど体に回る腕だけは緩むことなく、宝物のように実乃莉を抱えていた。
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