出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 手土産を買ったあと移動した先は、実乃莉の家からそう離れていない人気エリアの駅直結マンションだった。
 龍は慣れた様子でエントランスを通り、二十五階へ向かう。そこから廊下を進み、途中の部屋の前で止まった。

(遠坂(とおさか)……?)

 扉の横に掲げられている表札を眺め、実乃莉はどこかでこの名前を聞いた気がしていた。
 龍がインターフォンを押すと、ややあって扉がガチャリと開いた。

「ちょっと龍! どういうこと⁈」

 扉がこちら側に開くなり女性の憤った声が飛んでくる。

「危ねえな、深雪。そんなにカッカしてたら胎教によくないぞ?」

 龍はそんな女性を受け流して笑っていた。その後ろに立つ実乃莉には女性の姿は見えないが、かなり親密そうだ。

「それは龍が急に!」
「まあまあ。ほら、土産。彼女が選んだんだ。カロリー控えめでいつでも食べられるやつ」

 そう言うと龍は実乃莉が紹介した店のジェラートが入った保冷ボックスを差し出した。
 龍が口にした"体重制限"と言う言葉に、従姉妹が妊娠中そんなことを言っていたのを思い出し、もしかしてと思ったのだ。

「お口に合うといいのですが……」

 実乃莉は龍の後ろから顔を出すと深雪に言う。
 深雪はその威勢の良さでは想像できない、小柄で華奢な人だった。年齢は龍より年下だろう。明るい栗色のボブヘアが似合う、可愛らしい女性だった。

「お気遣いありがとうございます。貴女が面接希望の?」
「はい。初めまして。鷹柳実乃莉と申します」

 龍の隣に立つと実乃莉は行儀良く挨拶をする。
 深雪はそんな実乃莉の名前を聞き、「鷹柳……って、もしかして?」と少し眉を顰めた。

 実のところ、実乃莉の名前を聞いて、すぐに政治家と結びつけるものは少ない。若ければ若いほどピンと来ないほうが普通だ。
 けれど明らかに深雪は、実乃莉が誰なのかわかっている様子だった。

「とりあえずどうぞ、入って。話はそれからにしましょう」

 難しい表情をした深雪は、二人を部屋に促した。
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