出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 翌日、早くに目を覚ました実乃莉は身支度を整えるとキッチンへ向かった。
 いつもなら、長年鷹柳家に通っている家政婦の笹木が朝食を作っているところへ実乃莉が邪魔をするのだが、今日はそれより早い時間だ。

(よかった。今のうちに……)

 笹木はそうおしゃべりでもないし、詮索はしてこない。だが、急に二人分の弁当を作り出したことを知られるのはなんとなく恥ずかしかった。

 食材を買うときすでに献立は組み立てておいたから、あとはそれに従うだけだ。昨日のうちに下ごしらえしてあるものを焼いたり、タッパーに入れていた保存のきく副菜を取り分けたり、実乃莉は手際よく弁当の準備を進める。
 最後まで神経を尖らせながら弁当を詰める。出来上がった大小二つの弁当箱を見て、実乃莉はホッと息を吐いた。
 好き嫌いもアレルギーもないとは聞いていた。やはり肉が多い方がいいのだろうかと悩みながらも、工夫しながら野菜も色々と入れてみた。
 
(龍さん……喜んでくれるかな?)

 家族にすらそう食べさせたことのない手料理だが、味は笹木直伝だ。自信はないが、食べられないほど酷い味ではないはずだ。
 いったん出来上がったものを冷蔵庫にしまっていると笹木がエプロンをしながらやってきた。

「あら、お嬢様。おはようございます。今日はお早いですね」

 あまり愛想がいいとは言えない笹木は素っ気なく言った。

「おはようございます。早く目が覚めたもので」
「さようでございますか。……そう言えば先日のお話。本当によろしいのですか?」

 笹木はふと実乃莉に尋ねる。
 実は今週末から両親も、一緒に住む祖父母も、場所は違えど時を同じくして海外視察へ行く予定になっている。一週間ほど家には実乃莉一人きり。わざわざ笹木に来てもらうほどでもなく、実乃莉はそのあいだ暇を出すことにしたのだ。

「もちろんです。ゆっくりなさってください」
「お気遣いありがとうございます。ではそうさせていただきます」

 丁寧に頭を下げると笹木は言った。

(日曜日……。少しくらい遅くなってもいい、かな?)

 実乃莉はそんなことを考え、胸を高鳴らせていた。
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