出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
今日はほとんど電話もなく急ぎの仕事もない、珍しくまったりとした金曜日だった。
龍はそう遅くならないうちに帰社するだろうと思っていたが、それに反して一向に連絡は入らず、いつのまにか深雪の退勤時間になっていた。
「ごめんね、お先。何かあったら龍に電話しちゃっていいから」
「はい。そうします」
昨日瞳子に会ったことを深雪には話していない。ただでさえ身重の体で、あと一カ月で産休に入る深雪に心配はかけたくなかった。
深雪が会社を出て少し経ったあたりで電話が入る。ディスプレイには"皆上龍"の文字が見え、ホッとしながらそれを取った。
「お疲れ様です。鷹柳です」
まだ外にいるのか、電話の向こうからザワザワした音が聞こえてきた。
『お疲れ実乃莉。変わったことはないか?』
いつもの口調だが、なんだか少し疲れているように聞こえる。実乃莉は、「はい。何も」と短く答えた。
『悪いな遅くなって。今終わった。軽くなんか食って帰ることになったから実乃莉は先に帰ってくれ』
「わかりました。あの……」
お弁当はもう必要ないのかも知れない。残念だけれど、持って帰って自分の夕食にしようか、と思っていると、先に龍が切り出した。
『弁当。遅い夕食にするから、置いててくれな。俺の楽しみなんだから』
電話の向こうで龍が笑みを浮かべている気がして、それだけで実乃莉の頰は熱を帯びた。
「はい。お弁当箱は……日曜日に持ってきてください」
『ん。わかった。じゃ、日曜にな』
たったこれだけの会話なのに、体がフワフワとしてしまう。電話を切ったあとも、しばらくそれは続いた。
退勤時間になり、いつもの時間に実乃莉は会社を出た。
まだ本格的に混み合い出す前の駅には、ホームへ向かって階段を下るものと上がるものが行き交っている。
実乃莉が階段の中ほどを下っていると電車がホームに入ってきた。
(次でいいか……)
そう思いながらゆっくり降りる実乃莉の後ろから、駆け込み乗車をするのか勢いよく降りてくる足音が聞こえてきた。
その人物が実乃莉のそばを通り越す瞬間のことだった。
「……皆上龍と別れろ」
「えっ?」
確かにそう聞こえた。相手が誰なのか確認するまもなく、実乃莉の肩に強い衝撃が伝わる。
その人物を乗せた電車の扉は閉まり、音を立てて動きだす。
実乃莉の上げた小さな悲鳴はその音にかき消され、誰かの上げた悲鳴がホームに響いていた。
龍はそう遅くならないうちに帰社するだろうと思っていたが、それに反して一向に連絡は入らず、いつのまにか深雪の退勤時間になっていた。
「ごめんね、お先。何かあったら龍に電話しちゃっていいから」
「はい。そうします」
昨日瞳子に会ったことを深雪には話していない。ただでさえ身重の体で、あと一カ月で産休に入る深雪に心配はかけたくなかった。
深雪が会社を出て少し経ったあたりで電話が入る。ディスプレイには"皆上龍"の文字が見え、ホッとしながらそれを取った。
「お疲れ様です。鷹柳です」
まだ外にいるのか、電話の向こうからザワザワした音が聞こえてきた。
『お疲れ実乃莉。変わったことはないか?』
いつもの口調だが、なんだか少し疲れているように聞こえる。実乃莉は、「はい。何も」と短く答えた。
『悪いな遅くなって。今終わった。軽くなんか食って帰ることになったから実乃莉は先に帰ってくれ』
「わかりました。あの……」
お弁当はもう必要ないのかも知れない。残念だけれど、持って帰って自分の夕食にしようか、と思っていると、先に龍が切り出した。
『弁当。遅い夕食にするから、置いててくれな。俺の楽しみなんだから』
電話の向こうで龍が笑みを浮かべている気がして、それだけで実乃莉の頰は熱を帯びた。
「はい。お弁当箱は……日曜日に持ってきてください」
『ん。わかった。じゃ、日曜にな』
たったこれだけの会話なのに、体がフワフワとしてしまう。電話を切ったあとも、しばらくそれは続いた。
退勤時間になり、いつもの時間に実乃莉は会社を出た。
まだ本格的に混み合い出す前の駅には、ホームへ向かって階段を下るものと上がるものが行き交っている。
実乃莉が階段の中ほどを下っていると電車がホームに入ってきた。
(次でいいか……)
そう思いながらゆっくり降りる実乃莉の後ろから、駆け込み乗車をするのか勢いよく降りてくる足音が聞こえてきた。
その人物が実乃莉のそばを通り越す瞬間のことだった。
「……皆上龍と別れろ」
「えっ?」
確かにそう聞こえた。相手が誰なのか確認するまもなく、実乃莉の肩に強い衝撃が伝わる。
その人物を乗せた電車の扉は閉まり、音を立てて動きだす。
実乃莉の上げた小さな悲鳴はその音にかき消され、誰かの上げた悲鳴がホームに響いていた。