出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 警察官の質問に、龍はしばらく考え込んでいた。昨日あったことを実乃莉は龍に話していない。そうなると、思い当たる人なんていないのだろう。無言のまま難しい表情をしていた。

「あの、実は……」

 犯人だと決めつけたくはない。けれど、捜査に協力するという意味では伝えておいたほうがいいだろう。実乃莉は覚悟を決め、話に割り込んだ。
 昨日あったことを話すと、警察官は龍に瞳子について尋ねた。名前や年齢、その他、龍は知っていることを全て話したようだ。

「わかりました。断定はできませんが、実行犯とは別に唆した人物がいると思われます。今は実行犯をあたってみます。何かあればまた連絡します」

 警察官はそう話すと部屋を出ていった。

 緊張で張り詰めていた空気は、ようやく緩まる。その途端、実乃莉の中に複雑な思いが込み上げてきた。

「実乃莉? 大丈夫か?」

 項垂れている実乃莉の前に屈むと、龍はそっと頭を撫でる。
 その優しさに、堪えていたものが堰を切って溢れ出した。

「ごめん……なさい。龍さん、忙しい、のにっ……」

 実乃莉の瞳からは次々と水の粒がこぼれ落ち、膝の上で握りしめた腕にポツポツと跡を残す。

「何言ってる。お前が怪我したって聞いて気が気じゃなかった。痛かったよな」

 優しく声をかけられ、頭を撫でられるといっそう涙が溢れ出る。しゃくりあげて泣く実乃莉の頭を、龍は優しい手つきのままずっと撫でていた。

「……俺の、せいだ」

 しばらくして、苦しげにポツリと言う龍に実乃莉は顔を上げる。

「龍さんの、せいじゃっ……ありま、せん。そんなこと……」

 言わないで、と言いたいのに、嗚咽が漏れて声にならない。龍は涙に濡れるその頰を指で拭った。

「……ごめん」

 まるで自分が加害者かのように謝る龍に、実乃莉は黙って首を振る。

「謝らないで……ください」

 涙はとめどなく溢れ、龍の指の上を通り越していく。
 龍は見たこともないくらい切ない表情を浮かべて実乃莉を見つめていた。

 落ち着くまで待っていたのか、ようやく涙を止めた実乃莉を見て龍はホッと息を吐く。

「……帰ろう。送る」

 諭すようにそう言うと龍は立ち上がる。テーブルの上にあった実乃莉のトートバッグを肩から下げると、龍は実乃莉の座る車椅子の後ろに回った。
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