出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 駐車場にはいつも見ている龍の黒い車が止まっていた。龍はその車のロックを解除すると、助手席の扉を開けた。

「立てるか?」

 車椅子の脇に立つ龍に尋ねられ、実乃莉は恐る恐る立ってみる。無事だった右足を下ろし、腕で支えながら立ち上がるが、左足に力を込めた途端、鋭い痛みが走った。

「いたっ!」

 無意識に言葉を発し、実乃莉は体のバランスを崩す。

「……っと‼︎」

 龍が言ったのと同時に、実乃莉の体はその腕に抱き止められていた。

「すみません」

 離れようと思うが、足の痛みが気になり左足を付けることができない。実乃莉は右足だけで立ち、グラグラ体を揺らしながら龍の腕にしがみついていた。

「実乃莉。もうちょっとちゃんと掴まって」

 龍の声が上から降ってくると、不思議に思い顔を上げた。その顔を見て、龍は笑みを浮かべた。

「いいから。掴まっとけよ?」

 実乃莉が言われた通りに龍の腕に掴まると、その体はふわりと宙に浮いた。

「りょ、龍さん⁈」

 実乃莉は慌てながらより龍にしがみつく。龍の体温が自分にじんわりと伝わり実乃莉の心臓を跳ねさせた。龍は平然とした様子で抱き上げた実乃莉を助手席に乗せる。

「車椅子、返してくるから。ちょっと待ってろ」

 肩から下げていたバッグを実乃莉の膝に乗せると、龍はドアを閉める。窓の外には空になった車椅子を押し病院に向かう龍の姿が見えた。
 実乃莉は自分の心臓を押さえるように両手を胸にやる。

(ドキドキ……してる……)

 ほんの少し触れただけで舞い上がり、怪我のことなど忘れてしまいそうだなんて本当に単純だ。それだけでなく、自分のために血相を変えて飛んできてくれたことが、とてつもなく幸せに思えた。血の繋がった家族でさえきっと、あんな必死な形相で駆けつけてはくれないだろう。

(こんなこと……願っちゃだめ……)

 重ねた手をグッと握りしめて思う。
 龍と過ごした時間が積み重なればなるほど、自分の思いも募ってゆく。
 今は付き合っているふりだけ。だがそう遠くないうちに、父や祖父からは次の段階を求められるはずだ。
 最初はそれでいいと思っていた。こんなに好きになってしまうなんて思いもしていなかったから。
 そして、自分がこんな欲深かったのだと思い知る。

(龍さんと……ずっと一緒にいたい……)

 叶うはずのない願いを、実乃莉は心の中で呟いた。
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