出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 龍は帰ってくると運転席に乗り実乃莉に顔を向ける。

「実乃莉。今、家に誰か頼れる人はいるのか?」

 龍には、実乃莉の家族が海外に視察に出たことは伝わっている。だからこその質問なはずだ。せめて手伝いの笹木に暇を出していなければなんとかなっただろうが、残念なことに一週間家に訪れる予定はない。

「いえ……誰も。大丈夫です。自分でなんとかします」

 強がりだと自分でもわかっている。でもどうしようもない。
 実乃莉は龍から視線を逸らして答えた。

「その足じゃしばらく歩けないだろう? 医者はなんて言ってたんだ?」
「一週間ほど安静にしろと……」

 痛み止めはもらっているし、効けば少しくらい歩けるはずだ。けれど、明後日の日曜日に普段通り歩けるようになっているとは思えない。その現実が、今になって実乃莉の心をくじけさせていた。

「……そうか。なら、俺の家に来い」
「龍さんの……家?」

 実乃莉は息を呑んで龍を見上げた。

「そう。会社の近くで借りてるマンションな。俺は会社に寝泊まりするし、困ったことがあればすぐ駆けつけられる。遠慮しなくていい」
「でも……」

 龍にそこまで迷惑はかけられない。実乃莉が言葉を濁していると龍の手が頭に伸び、柔らかくクシャクシャと撫でた。

「心配なんだ。目の届くところにいてくれたほうが仕事にも身が入る」

 頭から手を離すと、龍は実乃莉の顔を覗き込み穏やかに笑う。
 そんな表情を見ると、何かを期待してしまいそうになる。でも、龍にとっては困っている社員の一人に手を差し伸べているだけ。実乃莉はそう自分の気持ちを押し込める。

「でしたら……歩けるようになるまでお世話になってもいいですか?」
「もちろんだ」

 実乃莉の返事に龍は目を細める。それからおもむろに言った。

「先に連絡したいやつがいる。外で電話してくるな。実乃莉は……両親に連絡は?」

 実乃莉は小さく首を振る。

「いえ。両親も、祖父母も、ちょうど今は飛行機の中です。すぐに連絡はつきそうにないので」
「そうか。じゃ、待たせて悪いが、もう少し待っててくれ」

 そう言うと龍は車を降り、少し離れて行く。

(先に家に寄ってもらわなきゃ……)

 ほんの数日の予定だが、さすがに体一つで泊まらせてもらうわけにいかない。家に帰って荷物を用意しなくては。そんなことを考えながら、窓の外にいる龍を目で追った。
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