出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 長い付き合いのある深雪は、実乃莉の知らない龍をたくさん知っているのだろう。それを羨ましく思いながらも、深雪の真意が掴めないでいた。

「さっきのあれ……」

 今度は呆れたように深雪は言う。それは、きっと自分が下ろされた直後の龍の行動だろう。実乃莉は「はい……」と弱々しく返す。

「龍を庇うわけじゃないんだけど。実乃莉ちゃんが思ってるようなことじゃないから」

 少し離れてはいたが自分たちの様子が見えていたのか、深雪は実乃莉の手をキュッと握り言う。

「でも、迷惑……ですよね。それに、きっと……顔に出てた……」

 契約だけの交際相手に、好意を向けられて気分は良くないはずだ。お互いのメリットだけ考えて距離を保とう。そう思うのに、できない自分がいるから。

「あのね、実乃莉ちゃん。さっきなんで龍が顔を逸らしたのかは、私が代わりに言うことじゃないんだけど……」

 そう前置きをしてから深雪はじっと実乃莉を見つめて話す。

「龍が頼られて嬉しいと思ってるのは確かよ。実乃莉ちゃん、人に頼るのが結構苦手でしょう? いつも一生懸命だけど、もっと周りに頼って、甘えていいんだよ。龍はきっと、それに応えてくれるから」

 実乃莉を元気づけるような優しい深雪の声に泣きそうになる。誰かに優しくされるのは慣れていない。人に甘えてはいけないと育てられた実乃莉は、それをすんなりと受け入れるのには抵抗があった。

(でも……。変わりたい。やっと見つけた、自分らしくいられる場所に、ふさわしい自分でいたい……)

 実乃莉は心を決めて顔を上げる。
 たとえ明るい未来が見えなくても、それが終わりを告げるその日までは、自分の心に正直でありたい。そう思った。

「深雪さん。私、龍さんのこと……好きなんです。それでも……そばにいていいですか?」

 揺るぎない瞳を向ける実乃莉に、深雪はふわりと笑うと手を伸ばして頭を撫でる。

「もちろんだよ。私は応援してるから。実乃莉ちゃんが龍の支えになってくれるのを願ってる」

 慈愛に満ちた表情で深雪は優しく実乃莉の頭を撫でる。それに励まされながら、実乃莉は頷いた。

 そのあと、実乃莉の指示に従い深雪は数日分の泊まりの用意をした。その荷物が出来上がると深雪はそれを持つと言う。

「じゃあ、実乃莉ちゃんはここで待っててね。無理しちゃだめだからね」
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