出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 元々今日は出かける予定になっていた。行きたいところがないか事前に聞かれていたが何も浮かばず、実乃莉は龍に任せきりだった。
 けれどこんなことになり、もう出かけることもないだろうと半分諦めていた実乃莉に龍は言った。

「ドライブにでも行かないか? 狭い家にずっといても退屈だろ?」

 もちろん実乃莉は二つ返事でそれに乗った。

「どこか寄りたいところ、あるか?」

 会社の横にある細い道を、幹線道路に向かい車は緩やかに下る。その車内で実乃莉は尋ねられた。

「いえ、特には……」

 実のところ、行ってみたい場所が全くないわけではなかった。家族で出かけることも少なく、付き合う友人も制限されていた実乃莉には行ったことのない場所はたくさんあった。
 けれど龍が楽しめる場所をと考えると、結局どこがいいのかなど検討もつかなかったのだ。

「そっか。まぁ、足が良くなってからでもいいしな。じゃ、当初の計画通りにするか」

 最後に龍は、一人納得したように小さく呟いていた。

 土地勘のあまりない実乃莉だが、道路標識を見てどこへ向かっているかはわかった。

(ここ……。龍さんのご実家の近くじゃ……)

 訪れたことはないが、龍の父が住んでいる場所は以前から知っていた。あまり家に良い感情を抱いているとは思えない龍がそちらの方面に向かうのは意外に思えた。

「どうした?」

 なんとなくソワソワしていたのが伝わったのか、前を向いたままの龍に尋ねられる。

「えっと……。ご実家のお近く、ですよね?」
「そう。一度実家に寄るけど、実乃莉は車に乗ってていいからな。どっちにしろ今日は誰もいないはずだし」

 誰もいないはずの家になんの用だろうか。不思議に思いながらも実乃莉は頷いた。

 そこから十分ほど走り、市街地から少し離れた静かな住宅地に辿り着く。その自然豊かなその場所の一角にある、明治時代の洋館を思わせる立派な家の前に来ると車は止まった。

「悪い。すぐ戻るから」

 そう告げると龍は車を降り、そのままレンガ造りの立派な門扉に向かう。

(大きなお家……)

 一般的には豪邸と呼ばれる家に住む実乃莉でさえ、そう思うほどの大きさだ。

(こんな小さな会社で収まっている人間じゃない……)

 実乃莉は不意に、以前瞳子に言われた言葉を思い出していた。
 いまさらながら実感する。龍はただ父を議員に持つだけではない。皆上家と言えば、この辺りでは有数の、名家として知られる家なのだから。
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