出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 龍は十分もしないうちに車に戻ってきた。手ぶらで出て行ったが、戻ったときも何も持っていないように見えた。

「実乃莉。これ持ってて」

 運転席に乗り込んだ龍の手の中から現れたものは鍵の束だ。アンティーク調のものから真新しい最新式のものまで数本束ねられていた。

「あとで行くところの鍵。その前に寄るところあって。ちょっと驚くかも知れないけど……悪い人じゃないから」

 そう言ったあと龍はエンジンを掛け、車を動かし始める。来た道を戻り、途中から今度は遠くに見え隠れする海に向かって進んで行った。
 龍の家の周りとはガラリと様子が変わり、住宅や店舗が並ぶエリアに着くと、小さな一軒家の駐車スペースに車は入る。モダンな雰囲気の可愛らしい家の横には、金木犀がオレンジ色の花を咲かせていた。

「着いた。降りられる?」

 見れば、助手席側にある小さな玄関スペースまではほんの数歩といった感じだ。この距離なら自分で歩けそうだ。さすがに見知らぬ土地とはいえ、人の家の前で抱えられるのは羞恥心のほうが勝る。

「はい。大丈夫です」

 実乃莉の返事を聞くと龍は車を降りる。実乃莉もドアを開け、ゆっくりと外に降り立った。
 庭に漂う爽やかな風は金木犀の甘い香りを纏い、片隅に植えられているコスモスを揺らしている。

(いったい……どなたのお家なんだろう……)

 玄関横に表札らしきものも見当たらず、キョロキョロとしている実乃莉のところへ龍が回ってくる。

「ここ、実は……」

 龍が言いかけたところで先に玄関ドアがガチャリと勢いよく開き、そこから小柄な女性が飛び出してきた。
 おそらく身長は百五十センチないだろう。一瞬子どもなのかと思ったが、あきらかに大人だった。

「龍ちゃんっ!」

 タタタ、と軽快な足音を立てて女性は龍に抱き付かんばかりに駆け寄る。
 ショートカットのスッキリした黒髪で、目はクリッとしていて可愛らしい。年齢はいくつなのかはわからないが、その雰囲気から自分より年上に感じた。

「相変わらず元気だなぁ、由香(ゆか)さん」

 呆れたように返す龍を、由香はニコニコと満面の笑みを浮かべて見上げている。

「そんなことよりぃ」

 由香はニヤリと笑うと、龍をいじるように肘で押している。

「ちょっと。なんだよ? いったい」
「も〜! こんな可愛い彼女連れてきちゃうんだからぁ!」

 実乃莉は唖然としたまま、二人のやりとりを眺めていた。
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