出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「俺には理解できなかった。そこまでして結婚したい相手ができるって。ま、当時は俺も二十歳になったばっかのガキだったしな」

 昔話をしながら龍は苦い表情を見せた。
 実乃莉はそれを見て俯くと膝の上で両手を握りしめた。

(それは今でも……よね?)

 あくまでも自分たちが交際しているふりをしているのは結婚から逃れるため。龍に結婚するつもりはないだろうし、自分はこの心地良い偽りの関係が終わればいつか誰かと結婚しなければならない。
 いくらお互い好意を持っていたとしても、それがずっと続くなんて夢のまた夢だ。

「実乃莉?」

 今は止まっている車の運転席から、龍は体を寄せ心配そうに実乃莉を覗き込む。

(こんなことを考えてたなんて悟られちゃダメ)

 実乃莉は顔を上げると取り繕うようにぎこちない笑みを作る。

「すみません。あ、の……苦労されたんだろうなって……」
「ああ。苦労はしただろうな。けど由香さんそんなこと全く見せない人だしいつも明るいし。尊敬してる」

 龍がまた元の体勢に戻ると、周りの車が動きだす気配がした。それに合わせて自分たちの車もゆっくり進みだした。

「ですね。素敵な人だと思います。私も憧れます。あんなふうにはなれないですけど」
「確かにあんな子犬みたいな実乃莉は想像できないな」

 想像したのか龍はクスリと笑う。実乃莉もそれにつられ頰を緩めた。

「それを言うなら、私にはライオンと子猫が戯れてるみたいに見えましたよ?」
「子猫か。それも一理あるな。俺はライオンとは程遠いけど」
「そう……ですか?」

 そんな自覚がないのか、龍は当たり前のように言う。実乃莉が首を傾げると龍は続けた。

「見た目ほど俺は強くない。心の中はいつもチワワみたいに震えてる」
「震えてる……?」

 真面目な顔で本気とも冗談ともつかぬことを言われ、実乃莉は呆気に取られていた。

「見えないわな。意外と俺は怖がりなんだよ」

 龍は声のトーンを落とし自嘲するように言う。けれどまたすぐに軽い調子で話し出した。

「けどチワワって、ああ見えて性格は勇敢らしいな。そういうところは実乃莉に似てる。あと可愛らしいところも」

 茶化されているようで、実は褒められていることに気づき実乃莉は頰をあからめる。

「飼ったら癒されるだろうけど、心配で何も手につかなくなりそう」

 龍はフロントガラスの向こうを見据えたまましみじみと言う。
 実乃莉はほんの少しだけ、チワワになりたい、なんて思いが胸によぎっていた。
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