出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 九月最終週。実乃莉はいつもと変わらない月曜日の朝を迎え、いつもより肌寒い気温の中出勤した。

「おはようございます」

 事務室も兼用している社長室を開け声を出す。深雪の出勤時間は一時間後で、それに返すのはいつもなら龍だ。だが今日は、物音一つ返ってこなかった。

(龍さん、いない?)

 定位置の、奥にあるスペースに顔を覗かせるがパソコンの電源は入っていなかった。時々遅れて出勤することもあるから不思議なことではないのだが。

(龍さん、今日は何か予定入ってたっけ?)

 記憶に無いなと思いながら自分の席に向かい、パソコンとタブレットの電源を入れた。先にタブレットで共有されているスケジュールを確認するが、龍の予定は空欄のままだった。
 実乃莉が椅子を引き座ろうとしたところでノックの音がし、チーフの原田が入って来た。

「おはようございます。原田さん」
「おはよう」

 そう返す原田の顔はどことなく疲れて見える。いくら忙しくてもそんな雰囲気を出さない原田にしてはとても珍しいことだった。

「鷹柳さん。取り急ぎしてもらいたいことがあって」
「はい。何でしょうか?」

 あまり良い知らせとは思えない原田の表情に緊張しながら答えると、小さなメモを差し出された。

「今取引先のシステムが大規模のエラー出してて、昨日から龍君含め数人で対応中なんだ。リスケ頼みたい人のリスト。申し訳ないんだけどお願いできないかな?」

 実乃莉は緊張した面持ちで「わかりました」と返事をしメモを受け取る。そこには社員の名前の他に、対応中の取引先が記載してあった。

「僕もまた向かわなきゃいけなくて。龍君は連絡取りづらいかも知れないから、何かあったら僕に連絡して。じゃあ頼むね」

 "昨日から"が何時なのかはわからないが、おそらくほぼ徹夜だったのだろう。目の下にクマを作ったまま原田は出て行った。

 こんなことは実乃莉が入社して初めてだ。もしかしたらたまたま当たらなかっただけで、よくあることなのかも知れない。とにかく今は自分のすることに集中しよう。気を取り直し実乃莉はパソコンに向かった。

 あっと言う間に時間は過ぎ、深雪の出社時間になる。
 ノックもなく扉が開くと「おはよう」と深雪の声が聞こえ実乃莉は顔を上げた。

「おはようございます」

 てっきり深雪一人だと思っていたが、その後ろに人影が見える。

「どうぞ。入って」

 深雪は振り返ると、連れ立っていたスラリと背の高い女性に声を掛けていた。
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