絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「旦那様、いつまでドアの前に突っ立っているんですか。早くお入りください」
「こら押すなっ、ダニエル!」

 背中をグイグイと押して寝室に押し込もうとするダニエルの手を振り払い、マティアスはすっかり乾いてしまった赤毛をかき上げる。

 だがダニエルはなにを言っているのかと言わんばかりに、
「花嫁をいつまでも待たせるわけにはいきませんよ」
 と眉間に皺を寄せた。

 そう――ダニエルの言うとおり、湯あみを終えたマティアスは夫婦の寝室のドアの前で体が冷え切るまで突っ立っているのだ。

「わかっている」
「本当にわかっているんですかね」

 ダニエルが眼鏡を中指で押し上げなら、ため息をつく。

「花嫁を不安にさせるなんて言語道断です。ここはもう夫として決めていただかないと」
「ああ……そうだな」

 ダニエルの言うことはもっともだ。いつまでも踏ん切りがつかず立ち尽くしていたが、式はもう挙げてしまったのだ。もう腹をくくるしかない。

「部屋に戻っていい」

 重々しく言い放つと、
「畏まりました。なにかあればお呼びください」
 ドアノブに手をかけたマティアスを見て、ダニエルはようやく首肯した。サッと一礼して踵を返す。

「……はぁ」

 そしてひとり残されたマティアスは何度も深呼吸を繰り返した後、ドアノブを引いて寝室へと足を一歩踏み入れていた。

「――フランチェスカ様」

 思い切って妻になった人の名を呼ぶが、返事がない。聞こえるのは暖炉の薪が燃える音だけだ。
 フランチェスカも緊張しているのだろうか。
 そう――マティアスの心臓はバクバクと跳ねている。ついでに喉もカラカラだ。
 花嫁衣裳を身にまとったフランチェスカを見てからずっと、彼女の姿が頭から離れない。
 上品なドレスに身を包み、シドニア領地の名産のひとつである豪華な貂の毛皮のコートを羽織った彼女は、妖精の女王のように神々しく美しかった。

 若い娘に畏敬の念のような感情をいだいたのは生まれて初めてで、自分でも戸惑っている。
 もちろんマティアスは三十五歳の男なので、それなりの経験はある。
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