絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
だがさすがにこの場でそんなことを言えるはずもなく、フランチェスカは唇を引き結んだがマティアスは呆れたように声をあげる。
「事情? なぜそれに俺が巻き込まれるんだ。貴族の妻なんて冗談じゃない! こんなことになるなら、適当に平民の女と結婚しておくんだったな」
「適当だなんて、そんな心にもないことを」
ダニエルがくすりと笑うが、本当に『心にもないこと』なのだろうか。
マティアスの声からは、彼が心底戸惑っているのが伝わってきて、強引に押しかけた自覚があるフランチェスカもまた申し訳なくなった。
(ごめんなさい。でも私も必死なんです。マティアス・ド・シドニア閣下……どうか私を、受け入れてください……!)
この人に妻として受け入れてもらえなければ、フランチェスカはこれから先、堅苦しい貴族社会でがんじがらめになって生きて行かねばならない。
それこそ、文字通り死ぬまでだ。
そんな人生はいやだった。
せっかく十八まで生き残れたのに、後悔だらけの人生を送りたくない。
「おねがい……おいかえ、さないで……」
気を失ったふりを忘れて、とっさに必死で声を振り絞ると、マティアスがすうっと息をのむ。
フランチェスカを抱き上げた手に力がこもった。
(もしかしたら、このまま地面に放り投げ出されるのかしら)
まぶたが落ち切る前に、夫となる人の顔をじっと見上げる。
こちらを見おろすマティアスは、精悍な眉をほんの少し下げて相変わらず困り切っていたけれど。
「まったく……困った姫様だ」
そう呟く緑の目からは、女性の体を乱暴には扱わないに違いない、そんな人の良さを感じた。
(あぁ……マティアス様って……やっぱりいい人だわ)
彼に一度も会わないまま、勝手に結婚を決めてしまったフランチェスカだが、案外自分はこの人とうまくやれるのではないだろうか。
不思議な予感を感じたフランチェスカは、えへへと笑う。
そしてそのままぷっつりと、今度こそ糸が切れるように意識を手放していた。
「はぁ……」
マティアスはまた深くため息をつく。
「ほんと困るよな……。こんな、かわいくてちっちゃくてふわふわして可憐な女の子が、俺みたいな男の奥さんになりにきたってさぁ……ありえねぇだろ。自制できる自信がねぇよ」
夫となる中将の泣き言は、フランチェスカの耳には残念ながら届かなかったのだった。