絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
さかのぼること一か月前――。
五百年の歴史を誇るアルテリア王国の侯爵令嬢、フランチェスカ・ド・ヴェルベックは結婚したくなかった。
十八歳の誕生日を過ぎてから、毎日のように届く見合いの申し出に心底うんざりしていた。
『相手の身分が高すぎるのは嫌』
『女性の噂が絶えない男なんて不潔』
『優しいなんてただの優柔不断に決まってる』
『お金持ちも偉そうで嫌い』
もはや屁理屈レベルの難癖をつけて断っているのに、見合いの話は一向に減らない。
王都の高級住宅地にある屋敷の広大な庭を眺めながら、フランチェスカは紅茶のカップをソーサーの上にのせる。
ちらりと視線をテーブルの端に向けると、山になった釣り書きが視界に入った。
脳内でマッチを擦り火をつけて、このまますべてを燃やし尽してなかったことにしたい気持ちに駆られたが、現実は厳しい。視線を逸らすのが精いっぱいである。
「ねぇ、アンナ。どうしたら結婚せずに済むかしら?」
フランチェスカはため息をつき、それから空を仰ぐ。
年が明けてはや二か月が過ぎていた。朝から天気が良く、ポカポカとあたたかい日差しが降り注ぎ、急に春が来たのかと勘違いしそうな陽気だ。
『たまには日に当たりましょう』と侍女のアンナに言われて庭に出たフランチェスカは、頬杖をついたまま、特大のため息をつく。
両親が結婚した時に植えられた木々の木漏れ日がキラキラと輝き、アルテリア王国でも名門と名高い、ヴェルベック侯爵邸の白い壁に美しい模様を描いている。
「そうは言っても結婚は貴族令嬢の義務でしょうに」
クラシカルなメイド服に身を包んだアンナは、空になったカップにお代わりの紅茶を注いだあと、フランチェスカの肩にかけている毛皮のケープのリボンを丁寧に結びなおす。
「そうなのよねぇ。侯爵令嬢なばかりに……私は結婚しないといけないのよねぇ……」