絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「シドニア花祭り……シドニア地方のみで咲く花『スピカ』を観光資源とし、祭りを開催する……?」

 マティアスの緑の目が大きく見開かれ、書き物机の前に立つダニエルとフランチェスカを交互に見比べる。

「ちょっと待ってくれ。スピカってあの地味な花だよな? これくらいの高さの」

 椅子に座ったマティアスが自分の胸のあたりで手のひらをひらひらさせる。
 フランチェスカは慌てて首を振った。

「お待ちください、マティアス様。地味だと思っているのはこの土地の人たちだけです。私は王都で十八年間生きていましたが、あんな花を見たのは初めてでした。しかもこれから植えた土地によって色が変わるなんて、面白過ぎるじゃないですか。そんな花が地味なわけありませんっ」

 そう――。フランチェスカは嫁入りの際に見た『スピカ』の花を祭りのテーマに据えた。
 大貴族の娘であるフランチェスカが見たこともない花なのに、この土地にはうんと自生している。しかも育てるのも難しくなく、数をそろえるのが簡単だ。

 スピカをずらりと沿道に並べ、街を飾ったら?

 図鑑のように薄いブルーからピンクのグラデーションがこの町を彩ったら、きっと王都の誰も見たことのない景色が広がるだろう。
 驚きのあまり、言葉遣いがフランクになっているマティアスに手ごたえを感じつつ、さらに言葉を続ける。

「スピカは色も多種多様。シドニア領は温泉が豊富で、地熱で植物が冬でも枯れにくいのだとか。鉢植えでも地植えでも育てられて、一度色づけば咲いている期間も長い。観光資源として十分成り立ちます。なにより祭りを成功させることは、この土地に住む人たちの自尊心と誇りに繋がりますし、悪いことではないと思うんです」

 フランチェスカはあまり食い気味にならないよう、丁寧にマティアスに説明する。

「後援にはケトー商会に入ってもらいますが、足りない分は私の個人資産を投入するつもりです」

 ちなみにフランチェスカの個人資産とは、実家が用意した持参金ではなく、これまで小説を書いて得たお金のことである。これまで金貨一枚も使わずそのまま銀行に預けていて、今ではそれなりの金額になっていた。祭りのひとつやふたつ、余裕で開催できるはずだ。
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