絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「どうぞ」

 ドアを開けたのはダニエルだった。男装姿のフランチェスカを見てパッと笑顔になり、いやはやと感嘆の声をあげた。

「これはこれは……奥方様なら立派にジョエル様を演じられますよ」
「ありがとう。お兄様はもっと気合の入った完璧美人なのだけれど」

 フランチェスカが少し照れつつ書斎の中に入ると、書き物机で仕事をしていたマティアスも立ち上がり、同じように軽く目を見開いた。

「フランチェスカ……」

 こちらを見つめる彼の眼差しになにか熱いものを感じて、フランチェスカは夫の次の言葉を待ったが、
「いや、兄上によく似ておられて……美しいな」
 マティアスはそれだけ言って、じっと食い入るようにフランチェスカを見おろす。

 彼の美しい緑の瞳がまっすぐに自分に注がれると、なんだか妙に落ち着かない。

(好きだと自覚してから、一挙手一投足にドキドキして、心臓が忙しくなってしまったわ)

 そのまま視線を避けるようにソファーに腰を下ろすと、マティアスも隣に座る。

 ダニエルがテーブルにお茶を置くのを眺めながら、
「兄は王国一の美男子と言われていますから」
 と笑う。そう、兄に似ているから美しいのだ。調子にのってはいけない。

 フランチェスカの言葉に、隣のマティアスは驚いたように目を見開いた。

「いや、そうではなくて……」
「え?」

 そうではないというのはどういうことだろうか。ジョエルがアルテリア王国一の美男子とまで言われているのは揺るぎない事実である。

(もしかして、兄に似ているというのもお世辞だから、本気に取るなってことかしら?)

 だが結局、マティアスはなにか言いたそうに口を震わせたが、左胸のあたりを手のひらで押さえて大きく深呼吸すると、
「もうお体は丈夫ですか?」
 と、何事もなかったかのように優しく尋ねてきた。

 どうやらふわっと誤魔化されてしまったようだ。

(気を遣わせてしまったかしら……)

 申し訳ないと思いつつもフランチェスカは小さくうなずいた。

「はい。マティアス様に看病していただいて、すっかり元気になりました」

 そう――。夜の睡眠時間を削り執筆や事務作業にあてていたフランチェスカは、無理がたたって寝込んでしまった。そしてその間、ずっと看病をしてくれたのがマティアスだ。
 仕事を休んでフランチェスカの側にいてくれた。
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