絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 フランチェスカは思い切って、マティアスを見上げる。

(マティアス様が、好きだわ)

『執筆の自由』欲しさにシドニア領に来たフランチェスカだが、今はこの若干無口で、でも礼儀正しくて優しいマティアスに恋をしている。まさか結婚して夫に恋をすることになるとは思わなかったが、落ちてしまったものは仕方ない。

(マティアス様に、私の気持ちをお伝えしたいけれど)

 マティアスはよかれと思って『白い結婚』を選択してくれたわけだが、あなたを本当に好きになってしまったので、ちゃんと妻になりたいと伝えたら、どんな顔をするだろうか。
 好きだからここにいたいと告げたら、困らせてしまうだろうか。

(わからない……わからないわ……)

 マティアスにとって自分はどういう存在なのか。
 そもそもずっと独身を通していたくらいだから、そういう主義なのだろうか。

 愛人はいるのか――。
 気になるけれど、尋ねて彼に嫌な思いをさせたくないし、いると言われて傷つきたくもなかった。
 十八年間、現実の男に恋をしたことがなかったから、なにが正解なのかわからないし自分がなにをしたらいいのか、選べない。
 ただこの人のそばにずっといたい――。
 子供のようにそう願っているだけだった。

「あ、あの、マティアス様っ……」

 彼の名を呼び、そうっとマティアスの顔を下から覗き込む。

「ずっと一緒に眠ってくださって……ありがとうございました」

 マティアスは凍えるフランチェスカを腕に抱いて、温めてくれた。
 優しく何度もキスをして(額にではあるが)、幼い子供のように気が小さくなっているフランチェスカを慈しんでくれた。あのぬくもりをきっかけに、フランチェスカは彼への思いに気づいたのだ。
 だがその瞬間、うつむいたマティアスの肩のあたりがビクッと揺れた。
 見れば眉間のあたりに、シドニア渓谷もびっくりの深いしわが刻まれている。ただでさえ強面な顔が非常に恐ろしいことになっている。

(なんだか困っておられるみたい……ああ、やっぱり迷惑だったってこと?)

 マティアスは優しい人だから表立って拒否できなかっただけなのかもしれない。

「あっ……あの、ご迷惑だったとは思うのですが……その、お礼の言葉だけでもお受け取りください」
< 97 / 182 >

この作品をシェア

pagetop