甘い罠、秘密にキス


無事にラーメンを食べ終え、手持ち無沙汰になった私達は、丁度近くにあったショッピングモールを適当にぶらぶらしている。


「やっぱあそこのラーメン美味しかったね」

「……うん」

「まだ不貞腐れてんの?」


乗り気じゃない仕草を見せていた桜佑だけど、私より美味しそうに食べて、ペロリと完食していたくせに。まださっきのことを引きずっているのか、少しムスッとしている。


「そんなにオシャレなお店が良かった?」

「そうじゃねえよ」


ラーメン屋を出ると、当たり前のように繋がれた手。冷たい声音とは反対に、その手はあたたかい。


「俺が便所行ってる間に支払い済ませてるってなに?男前を極めようとしてんのか?」

「だって、昨日お世話になったからそれくらいはと思って…」


それと、先に食べ終えた桜佑が御手洗に行っている間に自分も完食したから、桜佑が戻って来た時にすぐにお店から出られるようにと思って支払いを済ませておいたのだけど…どうやらそれが不機嫌になった原因らしい。


「あのな、お前に飯を奢られても嬉しくねえんだよ。むしろプライドが傷付くわ。それに昨日のは世話とかじゃなくて当たり前のことだし、なんならずっとお前の傍にいて守ってやりたいくらいなんだが」

「……」


叱られているはずなのに、なんかくすぐったい。こんな公衆の面前で、躊躇なくそういう台詞を口にする桜佑って、一体何者なの。


「…プライドを傷付けたならごめん。私そういうのほんと疎くて」


こういう時、川瀬さんならどうしたのかな。
怒らせてしまうくらいなら、後日プレゼントでも渡せばよかったかも。恋愛経験が浅すぎて、何もかもが裏目に出てしまう。


「伊織」


しゅんと肩を落としているとふいに名前を呼ばれ、上目がちに桜佑を捉える。


「俺は別に怒ってるわけじゃなくて」

「…え?」

「俺にもっと格好つけさせろって言いたいわけ」


分かる?と尋ねられ、小さく首を傾げる。


「こっちはお前を振り向かせようと必死こいてんの。奢られて当然みたいな女よりかは好感持てるし、そこが伊織のいいとこなんだろうけど、俺はもっと甘えられたいんだよ」

「……」

「何も計画立てずに家を出た俺も悪いけど、もっと恋人らしくしたいというか…まぁデートとかいうのに慣れてないし、何すればいいのかなんて分かんねえけど」

「え、慣れてないの?」

「……とにかく、お前は俺の婚約者なんだから、男前な行為は禁止。これはデートなんだってこと頭に刻み込んどけ」


桜佑って多分モテるから経験豊富だと思っていたけど、デートに慣れていないなんて意外だな。

今日は色んな桜佑を見れて、なんか新鮮だ。

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