甘い罠、秘密にキス
「まじで今日はしてくんねえの?」
「うん、今日は絶対しない。無理やり押し倒すって言うなら、今すぐここから出ていく」
「…鬼」
人聞きが悪い。むしろ桜佑の体を気遣っているのだから、そこは“優しい”と表現してほしい。
「この距離に伊織がいて、しかもふたりきりなのに何も出来ねえのは風邪よりしんどい」
私の肩に埋めて、深い溜息を吐きながらぶつぶつ呟く桜佑。私の背中に添えている手に力を込めて「伊織」と力なく放つ姿は、完全に病人だ。
だけどこうして甘えてくる桜佑はやっぱりレアで、それでいて少し可愛い。今日気付いたけど、どうやら私は桜佑の弱い部分に母性をくすぐられてしまうらしい。
「そんなに焦らなくてもいいじゃない」
「……え?」
「治ってから、いっぱいくっつけばいい話だし」
「……」
「だって私達、婚約してるんでしょ?」
思いのほか小さな声になったけど、桜佑が私の肩に顔を埋めているからこそ言えた。こんな恥ずかしい台詞、顔を見て伝えるなんて絶対に無理だから。
でも、この数日で桜佑の見方が変わったのは本当で、見直すところもたくさんあって、そして何より私のことを真っ直ぐ見てくれているのが伝わってくるから、婚約者と認めてもいいのかなって思ってしまった。
たくさん助けられたし、そんな桜佑を私も助けたいと純粋に思った。
だから、恥ずかしい台詞だと分かっていても、言わずにはいられなかった。
それにしても、いまの私、絶対に顔が赤い。桜佑に見られなくて良かった。と安堵した矢先、桜佑が勢いよく顔を上げるから、ふいに視線がかち合って、かあっと更に顔が赤くなった。
「お前、わざと煽ってんだろ」
「え?いや、そんなつもりは…」
「すぐに治すから覚えてろよ」
「こわ…」
そんな獲物を狙う獣みたいな目で見ないでほしい。「朝まで離さねえから」と放った桜佑にぞくっと背筋が震え、頭の中で警報が鳴った。
やっぱり認めるんじゃなかったと、少し後悔した。